06/09/05

ナチス独裁と民主主義2(聖徳太子)

日本人は、このように民主主義をありがたいものと思っていますので、民主主義の根本は、
     「選任の仕方が投票になっただけであって、選ばれた後は独裁でよい」
などと思っている人は、多分誰もいないでしょう。
日本では、選任が世襲の時代でも、役職をこなすにはみんなの意見を聞いて、或いは忖度してやっていかなければ地位を保てない社会でした。
古代の聖徳太子の偉大さを示す尺度として、「同時に7人の話・訴えを聞き分けた」と言う言い伝えがあります。
この故事は単に聖徳太子が聡明であったことを示すだけでなく、わが国では為政者たる者、進むべき道を教えるモーゼ等の指導者の資質よりも、みんなの意見を良く聞くことが出来る能力の方が、求められ、理想とされる社会であったかが分るでしょう。
聖徳太子の存在自体真偽不明ですが、それはさて措き、こうした故事が大事にされてきたこと自体から、日本人の理想像が分るでしょう。
ところが西洋では(イギリスをのぞいて)一旦選ばれた後は、これまでも書いてきたように、指導者であって、その間国民を導くべき者ですから、任期中独裁が前提です。
折角選ばれた指導者が、就任早々「私どこへ行きましょうか?」「みなさんの意見はどうですか?」と聞いたのでは漫画です。
指導者たる者、自信たっぷりに行動し、迷える羊を引き連れていくことが求められる社会なのですから、行政行為は独裁・指導者が本来なのです。
その代わり絶対王政の欠点を補うために、これを外部から牽制する仕組みとして、3権分立制度が考案されたに過ぎません。
このようにわが国の民主主義に対する印象・誤解とはちがって、ナチスの1党独裁は、西洋の定義では民主主義そのものだったのです。
第2次世界大戦での連合国の対独戦の「民主主義を守るための戦い」と言うスローガンは、実は虚構だったのです。
ましてや、ナチスは、当時の先進国の中でも理想的とされるワイマール憲法によって、理想的に選出された民主主義政権の落とし子だったのですから、これ自体に米英仏はケチを付けようがなかった筈です。
むしろ、英仏その他の諸国の方が、旧勢力の横滑り的特権階級がまだ牛耳っていたのですから、ドイツよりも非民主主義的だったでしょう。
今でもアメリカの大統領は、結局はケネデイ財閥やその他の支配層(エスタブリッシュメント)から実際は選出されているのは公知のとおりです。
それに対して、ヒットラーはそうした特別な家柄・門地でのし上がったのではありません。
本当に、理想的に庶民から民主的に浮上して来たのです。
対独戦が何故民主主義を守るための戦いなのか、本質は既成勢力と新興勢力の戦いでしかないのですから、こうした定義は無茶なこじつけもいいところです。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:歴史に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資