06/09/05

ナチス独裁と民主主義1(政治神話)

民主制と独裁の話から横に逸れましたが、いわゆるプロレタリアート独裁は、民主集中制といわれ、民主主義の一種とされています。
独裁でも民主主義と言われると、日本人の慣習から見れば分ったような分らないような気になる人が多いと思います。
日本人の民主主義感というのは、
   「お経のようなもので、西洋から伝わった、何かありがたい思想・制度らしい。」
   「それならば、私たち下々の意見を良く聞いてくれる良い制度だ」
と言う宗教的観念で受け入れているのです。
宗教的観念と言えば、私の司法試験受験科目の基本書にしていた政治学原論では、「民主主義」というのは、絶対王制時代の王権神授説と同類の政治神話の一種である」と書いてありました。
勿論難しい説明をいっぱい書いていましたが、平たく言えば、このことをいってるのかも知れません。
歴史で見れば、最初に外来のあり難い教えとして仏教が伝来し、次に儒教が伝来し、最後にキリスト教というわけですが、いずれも有り難いものは「・・教」と呼ばれるようになるのです。
ちなみに神社宗教と言う人もいますが、真実は「神道」といって人の道・神の道を尊崇するだけで宗教=おしえとはちょっと違います。
もっとも、「道」は導きに連なるので、道と教えとは、元々は親戚筋でしょうが、教えや導きのように能動的なものではなく、到達すべき目標のようです。
ですから、教えに反した者を処罰する戒律のようなものも、存在しません。
せいぜい「罰が当たるんじゃないの」と言うくらいです。
もしも神社信仰を宗教と言うならば、すもう道、野球道、剣道、柔道、茶道・・・・道、果ては、極道に至るまで、すべて宗教に格上げしなければなりません。
しかし、日本人にとっては、高村光太郎の
  「僕の前に道はない、僕の後ろに道が出来る」
程度の「・・・道」で充分なのです。
明治以降は、キリスト教も大手を振るって入ってきましたが、有り難いと思う人は少ないらしく、それほどの信者を獲得していませんが、民主主義思想の方は、最新の宗教として尊崇を受けていると言うわけです。
いまどき、「そんな宗教(民主主義)は気に入らない」と言えば、非国民、非人間扱いされて、もしかしたら気が触れたかと疑われて、精神病院へ放りこまれるかも知れません。
信教の自由と言っても、せいぜいそんな程度のものです。



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