06/08/08

代理と代表2(世話役の思想・生活者とは?)

私の意見では、わが国は市議、県議、代議士は「選良」ではなく、御用聞き・世話役でしかないのですから、ネットワークの考え方のほうが正しいでしょうし、本来そう有るべきでしょう。
どぶ板選挙などと馬鹿にしますが、捨てたものではないですよ!
高邁な思想で、立候補して、国民を指導して行こうと言うのは、日本が欧米よりも社会意識が数段遅れていた時代には良かったでしょうが、いつも書いているように欧米の考えを学んだからと言って、大きな顔を出来る時代ではありません。
むしろ生活実態に根ざした工夫や、意見の求められる時代がきているのです。
そうなると、わが国では、1億総中流社会(の意識だけ?)で生活実態の差があまりないのですから、格段にすぐれた意見は滅多に生れません。
むしろ、似たもの同士で、みんなで切磋琢磨して行こうとなるのは当然でしょう。
ネットワーク千葉の母体は生協活動から始ったような印象(事実は知りません)ですから、生活者の視点から政治に参加して行こうとするもので、これから必要な視点だと思います。
この考えは良いと思うのですが、生活者の視点と言えば、直ぐに女性の専売のように決め付けているのでは、広がりに限度があるでしょう。
男性は生活者では、ないのでしょうか?
生活者になるには? 生活者にしたてていくには?と言い出したらきりがありません。
労働時間の問題もあるでしょうが、ここでは女性の地位向上が先決だと言う方向から書いておきましょう。
女性の地位低下については、04/01/05「夫婦別姓20(庶民の家の内実の変遷と女性の地位低下1)農村の衰退」以下、104/08/05「専業主婦の時代4・・・・女性の地位低下と教育ママ1」にかけて連載しました。
女性の地位低下に伴って、女性が自己の存在価値を示すために男性に対する家庭での無能力化、生活能力の剥奪が始ったと思うのです。
女性の地位低下と男性の家庭内無能力化・生活実感の希薄化は、ほぼ比例関係にあると思っています。
夫婦関係については、夫婦別姓論に関連して既にかなり長期連載してきましたので、今回はそのくらいにしましょう。
代理と代表の話に戻しますと、私はこれまでも例えば、02/06/03「直接民主主義の可能性 1」以下で、直接民主制度の創設などの提唱をしています。
その立場から言えば、代議制を残すとしても代議員は代表でなく限りなく代理に近づけるべきだと言う立場です。
このように欧米やイスラム諸国のように、一旦指導者を選んだら後はお任せと言う社会ではないのですから、経済活動も諸外国とは、違ったものとなるのです。
経済活動の例を一つあげれば、わが国の膨大な個人資産を目当てにして、「資産を預けてその運用を一切任せる業態」・・欧米のプライベートバンキングが、押し寄せましたが、いずれも撤退を余儀なくされそうです。
日本人は庶民に至るまで何事も、他人に全面的にお任せと言うのは、厭な社会です。
まして資産家は(金にうるさいですよ!)息子にさえ、自分の目の黒いうちはなかなか任せたりしないのですから、赤の他人に任せるわけがないのです。
欧米人は、日本人の精神的事情(特殊性?)を知らないで進出して来ては、失敗することが多いようです。
商売人も、このコラムを読んでおく必要があるのかな?

 



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