06/06/05
大統領制と議院内閣制2(権力=空の思想)
日本では前任者が失脚すると、次の担当者は、
「今後は、みなさまの御意見聞きながら、(と言うよりも教えていただきながら・・・)やって行きますので宜しく・・・」
と挨拶するのが普通ですが、こうした支配形態は、モンテスキュウには全く想像もできなかったでしょう。
フランスでは、革命の結果、権力者の入れ替えをしましたが、従来からの王様の権力構造はそのままで、支配者の選任が世襲によらず選挙となって民主的になっただけです。
だからこそ、直ぐにナポレオンの帝政に移行してしまったのです。
それでは、任期中の権力者の専横・権限濫用の危険があります。
そこで、権力に対する猜疑心から、3権分立を創設して外から権力を監視し抑制することにしたに過ぎません。
権力者の意思決定過程そのものは、旧来どおり自由にしたままで、(行政内部は独裁でよいのです)その意思決定を外部から、議会や裁判所でチェックしようというのが3権分立の思想です。
これに対し、イギリスでは、王様が自分勝手に政治をしないで、わが国同様に下の意見を幅広く汲み上げて政治をしていく社会になれば、それでいいのであって、それ以上にもう1度外野から牽制する必要性が基本的に希薄です。
権力者の意思決定構造自体の変革です。
こうした違いが、議院内閣制・最高裁判所も議院が兼任する・ごっちゃにした思想が許容される社会の下地でしょう。
選良が雲の上(国会)で法を決めて強制するのではなく、コンモンロウ裁判所・民衆裁判所で長年にわたって決めてきた、判例に従う方がよいと言う判例法主義の下地でもあるでしょう。
また、折角王様を追い出したのに、オランダから王様を連れてきたのって何となく変な気がしますが、日本でも古代社会の坂東では、都から貴種を戴いていたのですから、精神的土壌は同じでしょう。
権力を「空」にして、その周辺実力者の合意で運営するのが武士団の精神土壌であったことは、09/21/04「貴種担ぎ出しと立憲君主政治5」以下の連載でも書きました。
わが国もこれまで書いて来たように、下からの積み上げ社会ですから、結局は大統領制よりも議院内閣制が落ち着きがよいのです。
このように、敗戦後も天皇制の存続が先に決まっているから、議院内閣制になっただけではなく、仮に天皇制が廃止されても、日本の場合は、坂東武者のように、或いはイギリスのようによそから連れて来てでも頂点を「空」にした政治体制になっていたでしょう。
こうした精神土壌があるあったから、アメリカの影響力の下で新憲法が出来たものの、議院内閣制を廃止するまでは出来なかったのです。
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