06/05/05
イギリスとフランス革命の違い2(大統領制と議院内閣制1)
これに対し、フランス革命では、支配者が独裁すること自体には文句がないのですが、その支持層が代わったのですから、(貴族層・・・結局は地主層から産業資本家へ)支配者を入れ替えたいと言うだけの動機で始ったものです。
・・・まさに、これをこそ本来の意味の革命言うべきです。
こうした動機で始ったフランス革命では、独裁権者の入れ替えが目的であって、結果は王か統領か2者択一であって、「君臨すれども統治せず」と言う曖昧な王権や行政権はありえません。
フランス革命の近代的なところは、折角新たに選任した支配者による濫用、暴走を防ぐための選任方法、任期、外部チェックの方法を確立したことでしょう。
フランス革命当時どころか現在でも一神教社会では、「支配者は支配者である以上は、独裁権能を持つべき」だと言う既定概念自体に疑いを持たないように思えます。
支配者概念は同じままで、社会の中の選出母体争いに過ぎなかったと言えるでしょうから、その後の運営もそれまで王権同様に独裁的になるのでしょう。
その社会にある支配形態しか、誰も思いつかなかったでしょう。
学者はモンテスキュウの3権分立論を有り難がっていますが、既存の支配権そのままを前提にしてどのようにして、支配者の暴走や権力乱用を防止するかにしか思いが行かなかったのです。
わが国でも、ご存知のように鎌倉以来、侍所、(1180年)問注所(1184年)や政所(1184年)の3権に分れて政治をしていたのですから、モンテスキュウの考えはそれほど自慢できたものではありません。
日本の3権は、その上の将軍が独裁できるから、補佐機関が分れているだけで、意味がないという人が多いと思いますが、日本社会では頂点は「空・クウ」が理想とされているのですから、実質的な3権分立なのです。
後のコラムで大岡裁きは本当にあったか否かについて書きますが、奉行でさえ一々裁判をしていなかったと思われるのです。
ましてや、将軍が口出し出来るような重大事件は、多分一生に一回あるかないかでしょう。
それでも、そういう制度が有るないのかは大違いだというでしょうが、今の憲法下でも50年に一回と言う大事件があったときに、最高裁判所が真に司法権の独立を守れるか疑問です。
結局は、行政府や国民の反応を窺って大過なく解決しようとするのでしょうから、あまり変わらない気がします。
違憲立法審査権の存在意義、日本での機能については次のコラムで私の意見を書きます。
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