06/27/04
行政罰とは(刑法10)(反則金・過料など)
刑罰は、歴史的に国王に対する犯罪として発達してきたと、06/07/04「国事行為9(憲法67)恩赦・天皇家の存在意義11」のコラムで説明したことがあります。
私の考えでは、行政手続を守らせる為に、違反者から罰金(法的な意味ではなく日常用語としてのお上からお金を取られるという一般的な意味です)を取るだけで、お上に楯突くと言うほどではないと言うものを行政罰として学者が分類しているのでしょう。
同じく犯罪である法定犯と自然犯については、11/05/02「人の種類 (民法1) 2」のコラムで少し紹介しましたが、今では、法定犯と自然犯の区別があいまいで、何の為に分類しているのか疑問に感じる時代です。
君主にお伺いを立てないで行政庁が独自に定めることが出来る、簡易な規則違反は、刑法犯でないのだという区分けは、時代遅れのような気がします。
それに、簡易処罰・行政罰だから君主・・・今では国権の最高機関である国会でなく、下部の機関が定めることが出来るという論理は、現在では許されず、国民の権利侵害行為である以上は、すべて国会で成立した法律で定めるしかない現在では、制定者による区別の根拠がなくなっているのです。
それよりも重要なことは、刑法罰でないと分類すれば、法定手続きが保証されなくとも憲法違反にならないというのもおかしな話です。
皆さんが日常的に体験する例では、交通反則金制度がありますが、これも刑罰ではなく、行政罰だということで、刑事訴訟法の手続きを踏む必要がないことになっています。
「前科がつかないから良いじゃないか」と思うでしょうが、誰にも必要な一定のお金を取られ、または点数が加算され(前科といわないだけです)、刑法の死刑(人間世界からの退場命令です)と同じ免許取り消し(車運転世界からの退場命令です)まで有るのです。
「免許は恩恵として与えているものであって、取り消されたからと言って、元の無免許状態に戻るだけだから何の権利侵害もしていない」というのが学者の意見になるのでしょう。
しかし、いまや国民、特に下層階級にとっては、車の運転を出来るかどうかは死活的重要性を持っているのです。
いつも言うことですが、ペンキ屋さんや水道工事やさんなど現場職人は、電車やバスを乗り継いで現場まで資材と一緒に行くことができないのです。
彼らにとっては、免許取り上げは、たちまち生活が出来ないことになるのですから、大変なことです。
こうして行政罰を増やしていけば、基本的人権が空洞化して行きますので、民主国家と矛盾しないように、告知と聴聞という手続きが一応保証されていますが、これは裁判の真似事であって、本当の裁判では有りません。
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