06/20/04

明治政府リストラ合理化2(金禄公債証書2)

廃刀令と同じ年、明治9年8月には太政官布告第108号,金禄公債証書発行条例を公布し、士族は、経済的にもとどめを刺されていたのです。
金禄公債は、有名ですので、少し内容に触れておきましょう。
家禄の内容によって等級が分かれ複雑ですが、家禄・賞典禄は永世・一代あるいは年限などをもって給与していたのを改め,1877年(明治10年)から金禄公債で一時に支払うことにしたものです。
簡単に紹介しますと、

1・・・永世禄に対し、金禄元高1,000円以上はこれを11級に分けて,元高の7カ年半分ないし5カ年分に相当する額の5分利付公債証書を交付し,元高1,000円未満100円以上は13級とし,元高の7カ年7分5厘ないし,11カ年分に相当する額の6分利付公債証書を交付し,元高100円未満はこ
2・・・・・終身禄に対しては、永世禄の半額として計算する
3・・・・・年限禄に対しては、年限の長短に従って6級に分け,永世禄の10分の1.5ないし10分の4を支給する。
4・・・・・この公債は1877年から5年間すえ置き,6年目より抽籤で償還し,30年間で全部終わることとした。

このようにして明治元年から毎年のように、改正を続けていた家禄制(秩禄制と言われました)は、1877年(明治10年)を期して、ようやく全面的に廃止されたことになります。
大リストラの完了です。
ところで皆さんは、家禄と言えば、100石とか50石などの概念に慣れているので、永世禄や金禄元高1000円と説明されてもピンとこない人が多いでしょう。
少し説明しておきますと、明治元年以降、矢継ぎ早に改正があって、1873年(明治6)12月には,100石未満のものに限り,家禄・賞典禄の奉還を許し,(奉還したい人などいませんので実際は強制的ですが・・・)代わりに永世禄として6カ年分,終身禄として4カ年分を下付しているのナす。
その場合に半額を現金で,残り半額を年8分利付の秩禄公債を交付していたので、公債についての知識経験が士族にあったのです。
翌年の明治7年11月にはこれを100石以上の者にも適用し,50石分は現金で,残りは秩禄公債を交付しています。
05/11/03「銀行とは ?(約束手形の発達1)8」以下のコラムで手形取引について説明しましたが、半分だけ現金を払うのは、現在商取引の半金半手の商習慣と同じですから、この習慣は江戸時代からあったのかもしれませんね。
これと同時に奉還を希望しない者(希望する人なんかいませんよね。)に対して高率の家禄税を課し,強力に誘導・強制したのです。
この奉還制度は,1875年(明治8)7月に中止されたらしいのですが,この間に全士族の約3分の1(13万5,800余人),全家禄の約4分の1(約600万両)が整理されたと言われますので、殆ど強制と言えるでしょうし、(割増退職金で退職勧奨するのと同じです。)大変な大リストラでした。




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