06/19/04

明治政府の合理化1(廃刀令と家禄制の廃止)金禄公債証書1

「市場経済主義とは、19世紀の弱肉強食思想の21世紀的経済的表現である」 武士は武士であるだけでは、江戸時代から既に戦力ではなかったのですが、格好付けとしての「武」を認められていました。
その代わり、(することがないのですから)「背筋をピント伸ばして」とか、「恥じの文化」が育ったのです。
我が国の皇族だけではなく、世界中の王族は姿勢が良いですよ。
03/29/04「沽券から地券へ1(大化の改新と明治維新の類似性)」で紹介しましたように
明治政府は、西洋流の弱肉強食社会の精神に適応する為に建国した政府ですから、能力のないものは、容赦なく切り捨てるしかありません。
廃刀令は「格好付けだけでも、武士を兵力として認めない」と言う国家宣言と言うところです。
これからは、武士かどうかではなく、兵士になりたいなら軍人になって下さいと言う時代の到来です。
じゃ、職業軍人になりたいといっても、士族であると言うだけで士官になれる時代では有りません。
士官になるには、身分によるのではなく、海軍、陸軍士官学校を出なければならない時代が目の前に来ていたのです。
身分から契約へと言う訳です。
ただの兵卒でよいから雇ってくれと言われても、国民皆兵・徴兵制ですから、兵卒になることもできません。
ちなみに陸軍士官学校は、明治元年に出来たとも言われますが、(私には本当はよく分りませんが、)廃刀令の翌年、少なくとも明治10年には第一期生が卒業しています。
03/04/04「スポーツとは?2」のコラムで紹介したように、不平士族と言うのは、時代についていけない人たちと同義だと私は思っていますが、明治9年の廃刀令に不満をつのらせ、同年10月の熊本神風連の乱を引き起こすことになったと言われています。
彼等は、実質的な武の能力もなく、軍人に志願することも出来ないのですから、最後のよりどころである面子まで潰されたのが、許せなかったと言うか、もう死ぬしかなかったので、暴発したということになります。
明治9年の廃刀令は、こうしたメンツを拠り所にしている人たちに「と止めを刺した」と言うか、「引導を渡した」と言うところでしょう。
実は士族に対するリストラは、こうした外形だけではなく、明治政府は元年から直ぐに各藩主に対し、知行の10分の1を政府の軍事費に当てるため提出させています。
このときこれに応じて家臣の禄も適宜削減するように求めているのです。
その後細かく紹介しませんが家禄(正確には、俸禄・秩禄)の削減に努め、毎年のように改正を繰り返し、地租改正前には、100石以下の武士の家禄は、かなり整理されていたのです。
明治6年の地租改正を経て、明治9年には武士全部に対する家禄を金禄公債に変えてしまったのです。




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