06/16/04
国の政策と個人の行動4(民主主義とは?4)
優秀な?官僚は、時代の進展に併せて発生してきた労働者の苦境を訴えたり、公害問題を訴える政治運動に対して、虚心に受け止めることが出来ず、国体の変革を目指すものとして(一種の言いがかりですが)弾圧政策に走ってしまったのです。
治安維持法を次々と改悪して細かくして行き、「労働者や貧農の保護を主張しているから共産主義者だ」と決めつけて特高が次々と検挙していったのはご存知のとおりです。
ところが、戦後労働者保護法ができたからといって、日本は共産主義国家になったわけではありませんでしたから、特高を利用した政府の方向性は、如何に無茶なものであったかが、戦後事実で証明されたのです。
人の意見に耳を貸さない硬直国家になってしまった日本は、内部に不満分子を一杯抱えているわけですから、外国と戦って勝てるわけがありません。
民主国家か独裁国家に拘わらず、国内の民心のあるべきところを察しないまま指導者が突き進むのでは、政権は結局持ちません。
明治政権も2世代から3世代目になると優秀な官僚ばかりが幅を聞かすようになって、民心の動向を読むことが出来なくなってしまいました。
彼らの発想は、言うことを聞かないならどうやって聞くようにするかと言うところに関心が行ってしまうようです。
東京都の教育長の発言を紹介しましたが、緩やかな形で実施してみて、教員の動きを見ながら実践していく姿勢がなく、軍隊のように、命令を如何に行きわたらせるか、そのためには、従わない人をどうやって炙り出すか、その懲罰をどうするかにしか関心がないのが官僚の本質です。
官僚上がりの現川口外相の発想も、国が決めたイラク派兵方針にまつろわぬ国民に対し、損害賠償を請求してお金で締め上げようと言うもので陰湿なやり方です。
こうして大正末から昭和にかけて、国民の意見を封じ込めていたのでは、官僚の自己満足でしかなく、これではまともに外国と戦えませんから、負けるしかなかったのでしょう。
太平洋戦争は、単に物量でアメリカに負けたのでは有りません。
国民から見放されていたのです。
ともかく、こう言う無能な指導者に君臨されてしまった国民は悲惨です。
こうして不幸なことに一般労働者保護のための法律制定がなおざりにされたことから、悲惨な状態に置かれた労働者の救済が叫ばれ、政府の対応に満足しない立場の政治運動が活発化します。
共産主義運動家が生まれたのは、政府がやるべき国民の保護を怠ることによって、社会主義運動・思想を育成していたようなものです。
こうした歴史を経て、戦後になって漸く全労働者に適用される労働基準法・労働組合法・労働関係法の3法が戦後成立したのです。
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