06/14/04
休日法から(労働法の歴史1)自己実現法へ1
前回のコラムで、戦後制定された祝日に関する法は、実態に合わせて休日法にすべきだと書きましたが、これは戦前戦後から最近までの流れに併せれば、休日法とすべきと言うのだけ話しに過ぎません。
これから、進むべき方向として考えると、休日法と言うのでは直ぐ時代遅れになってしまいます。
新しく法律を作るときは、時代の後追いや、逆戻りを目指すものではなく、これから国民の進むべき方向を指し示すものであって欲しいものです。
これからの休日は、どうあるべきでしょうか?
前回までのコラムで古来、祭日=お休みは、一定の仕事の達成感を祝うものから、奴隷労働類似の単純作業中心に移ったことから、規則的な休息が必要になってきたものであると書いてきました。
その観点から、休息に関する法の流れ・労働法の歴史を少し見てみましょう。
どんな話しでも法律に関係してくるのが、法律家のコラムの特徴と思ってお付き合いください。
労働者の基本権と言うかその保護のための法律は、工場労働者のみに適用される1911年に制定された工場法が最初です。
工場法は、女子・年少者に対する最低年齢、最長労働時間等、工場労働者一般に関する業務上の傷病・死亡についての扶助制度等を主な内容としており、1916年の改正により、賃金の毎月1回以上の通貨払い、解雇予告、産前産後休暇等も制度化されたものです。
明治維新から近代工場労働が導入されて、自主的な休憩が取れないにも拘らず、旧来の盆と正月だけ休みと言うのでは、体が持ちません。
女工哀史で物がたられる過酷な事態となって、ついに工場法の制定となるのです。
工場法によってさしあたり、工員さんの労働最低基準が国家で保護されるようになったのですが、こうした単純作業が工場労働者だけでなく一般産業従事者にも広まるに連れて、一般労働者の保護も必要となりました。
工場法制定に続いて、大正14年に普通選挙法と抱き合わせで治安維持法も制定するまでは良かったのです。
抱き合わせ政治の怖さとしたたかさについては06/10/03 「政府のしたたかさに付いて(抱き合わせの怖さ)(憲法7)」のコラムで紹介しました。
政治というのは矛盾したいろいろな価値を包含しながら、進んでいくべきものですが、秀才のそろった大正末から昭和にかけての政府要人・官僚は、考え方は純粋・単純ですから、(大学の秀才は政治の世界では単純な人と言うようです。)現実を直視せず、却ってこうした運動家の敵視政策だけをとり、弾圧策に走ってしまったのは不幸なことでした。
この時の政策決定というか、そう言う人材しかいなくなった単線政府が、その後の日本の運命を決したともいえます。
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