06/13/04

1週間は月曜から始まるのが正しい?」祝日法を休日法に

粗放農業の畑作では、農奴ないし奴隷的労働に任せておいて間に合う代わり、もともとやる気がない(やらされている)のですから、一定時間経過に併せて休憩する仕組みがどうしても必要になります。
話が変わりますが、新大陸で、奴隷が大規模に使役されたのはこうした農作業の歴史に基本があるのですし、その原型は西洋の小麦栽培にあったのです。
これの究極の近代工業版は、フォードの開発したベルトコンベヤー式分業でしょう。
これでは、働く喜び、創作の喜びは全くなく、労働時間は1分でも1秒でも少ないに越したことはありません。
我が国では、歌舞伎でも道行(みちゆき)が大切にされますが、西洋的思考では途中は短ければ短い程良い・無又はマイナスの時間感覚ですから、飛行機や新幹線など時間の短縮ばかりがテーマとなります。
長距離旅行に要する時間は、楽しみではなく苦痛としての意味しか与えられていません。
現在の旅行は、点から点への移動でしか無く、道行が無いのですから私はおかしいと思っています。
旅行の有り難みに関する私の考えは、03/17/02『小旅行の感想』その他各所に旅行関連で書いていますので、サイト内サーチで検索して参照して下さい。
話を戻しますと、今ではロボットに代替せるべき作業を、人間がやらされていただけですから、奴隷解放前の奴隷の綿摘みの単調な仕事内容と変わらないのです。

こうして畑作文明圏(というよりも小麦圏というのが正確でしょう。畑作でもトマトや蔬菜類や果樹類では、そうは行きません)では、法律以前の古代の宗教時代から一定期間ごとのお休みのルールがが定着してきたのです。
明治維新以降近代工業がはじまりますと、女工哀史その他でご存知のように、労働者は、身分こそ奴隷では有りませんが、労働時間内は奴隷時代よりも過酷です。
そうなると、水田耕作者の時のように節季ごとにお祭りしたり、盆と正月だけの休みではどうにもなりません。
こうして、1週間に1回の休みが必要になってきたのです。
女工さんや鉄鋼労働者が、キリスト教に改宗したのではありません。
日本人は、キリストの精神などそっちのけで、休業日として和魂洋才で利用しているだけです。
このため、一週間は、月曜から始まるように体の芯では感じている人が多いのではないでしょうか?
休みは働いた後に来るものですから、日曜から始まると言われても、ピンとこないものです。
別にこう言う人は間違っているのではなく、日本社会では、宗教として日曜を取り入れたのではなく、休みとして取り入れたのですから、月曜から始まると感じる方が、正確でしょう。
逆にいえば、知ったかぶりで、「日曜から始まるんだよ」と偉そうに言う方が、皮相な教養を振りかざしているだけのことでしかなく、実質的に間違っているのです。
日本で正午なのに、アメリカ時間を知っているからと言って、「違うよ今は夜中の何時だよ」と言っているようなものです。
日本には日本の時間があり、利用法があるのです。
今では祝日と言っても「土日以外のおまけの休みのことだ」と思っている人が大半ですから、祝日に国旗を掲げないのも同じ精神です。
祝日には、国旗を掲げろと要求する人の理屈で言えば、日曜に休みをくれと言う以上は、日曜ごとに教会に行けと言うことになるのでしょうか?
しかしそれでは、デパート勤務者のように、ウイークデーが休みの人は行かなくても良くて、不公平ですよね。
土日休みは、キリストに帰依したからではなく、一定周期ごとに1日ないし2日休みがあることに意味があるのです。
こうして見ていくと、法令名が祝日法と言うのは実態に合っていません。
休日の為の法・休日法に変えたらすっきりします。




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