06/12/04

畑作牧畜文明 (粗放農業)の日曜休日と稲作文明の休日2

粗放社会と集約社会の違いはどうして生じたのかというと、川勝平太氏の受け売りが殆ど(と言うのは、私の独断の意見も混じっているということです)ですが、イギリスは、新大陸の金や銀の枯渇で輸入する資金が続かなくなって、奴隷の輸入で規模の拡大をしてインド綿に対抗できスのに対し、我国も同じ頃金銀の枯渇に直面したのですが、新大陸は有りませんから国内自給に転進せざるを得なくなった違いが大きいのではないでしょうか?
勿論その転進の根っこには、元来他人任せの農業であった西洋の小麦栽培の伝統が無視できません。
冬小麦は、冬の雨の前に(西洋では冬に雨が多いのです)種を蒔けば、我国のようにしょっちゅう草むしりなどや病害虫の駆除などしなくとも、放っておけば育つと言います。
こうして刻苦勉励する必要もなければ、人任せで十分と言う精神構造が定着して行ったのです。
産業革命の根源も、こうした安直で簡単に労働できるやり方の探求精神が開花したに過ぎません。
フォードのベルトコンベヤー方式はその思想の完成型でしょう。
伝統的に他人任せ社会であったからこそ、奴隷労働への親近感があったのです。
奴隷制については、古代から西洋では異民族間の抗争が主流であったことから、発達していたと誰でも思いがちですが、農業の主流が単調作業であったことも大きな影響があったでしょう。
人類が有史時代になってからの生活の基本は、農業(遊牧民、漁民は主流ではなりません。)でしたから、農業の形態・生産手段に合わせて、何から何まで考え方が影響を受け易いもので、運搬手段の船漕ぎでも、我国は風任せ(結構これは創意工夫がいるのです。)や潮流の読みが必vなものだったのに対し、西洋ではガレー船など単調作業・奴隷向きになっているのです。
自主性がないと生産性があがらない日本のような社会では、奴隷制や班田収受・口分田のようなやり方を輸入してもうまく行かないのです。
現在的大企業でも、研究所で開発して工場で黙って生産すればいいという、西洋風の方式ではなく、現場の創意工夫を尊重しないとうまく行かないのです。
あるいは、デパートでも1坪ショップなどにして、権限をもたせないとうまく行きません。
幕末の西洋人が、書いているものに、日本人ほど指示に従わない使いにくい召使はいないと書いています。
ただし、任せると、雇い主が望んでもいないことまで工夫してよくやってくれると驚いています。
日本人はそう言う民族なのです。




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