06/08/04
国事行為11(憲法69)栄典1・天皇家の存在意義12
次に7号を見ましょう。
「7.栄典を授与すること。」
7号も君主制の必須要件です。
勲章授与式は、春と秋の2回、文化勲章は春に1回授与式があり、天皇からじきじきに授与されます。(高位者だけですが・・・)
これも幾人かには、直接お声をかける慣例ですから、当然事前学習が必要です。
勲章と言うのは、読んで字の如く、「いさおし」を賞する徽章のことですから、本来は軍功に対する褒章から始まったものです。
05/29/03「男尊女卑思想の崩壊 (連城の壁)1」のコラムで信長の例を引いて書きましたが、軍功を挙げたものに対してその都度領土をやっていたのでは、元手がなくなってしまいますので、母衣衆とか茶席に参加する資格を与えたり感状を発行するなどしてきた歴史があります。
戦前の代表的な金鵄勲章の詔勅を紹介しましょう。
金鵄勲章創設ノ詔勅(明治23年2月11日)
朕惟ミルニ
神武天皇皇業ヲ恢弘シ継承シテ朕ニ及ヘリ今ヤ夐カニ登極紀元ニ算スレハ二千五百五十年ニ達セリ朕此期ニ際シ
天皇戡定ノ故事ニ徴シ金鵄勲章ヲ創設シ将来武功抜群ノ者ニ授与シ永ク
天皇ノ威烈ヲ光ニシテ以テ其忠勇ヲ奨励セントス汝衆庶此旨ヲ体セヨ
この詔勅の「天皇戡定ノ故事ニ徴シ」と言う文言を読むと金鵄とは神武東征にあたって、熊野で道に迷ったときに道案内したと言われる鳥(ヤタの烏)のことでしょうか?
それにしては金鵄という色の取りあわせがおかしいので、最後の決戦となるときに「金色のとび」が現れる奇瑞がありますが、この「とび」のことかもしれません。
明治や戦前の人には、こうした故事・神話は常識に属することだったのでしょう。
こうした勲章制度は、民主国家かどうかではなく、平和国家には似つかわしくないので、昭和21年に1時停止されたまま(爵位と金鵄勲章は廃止しましたが、その他のご褒美は、平和国家においても存在意義があるという配慮から廃止しなかったのです。戦後の混乱期にも良く考えていますね。)になっていました。
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