06/07/04

国事行為10(憲法68)恩赦2

現在では、君主制の国でも、自由気ままな恩赦は認められず、四角四面な法律の適用では、救済されないもっと高所からの判断で、法のひずみを是正するような、運用をするときにのみ、存在価値を保つようになったのです。
こうして恩赦制度は、現在的意味を与えられていますので、君主国家に限らずアメリカでもあるようですし、存在自体が絶対悪とはいえません。
イギリスでエクイテイ(後に説明します)が発達したようなもので、規則・ルールと言うもの葉、発達し過ぎると、超法規的に何とかしなくてはおさまりの悪いことがあるものです。
北朝鮮来被害者の曽我さんの夫のジェンキンズさんのような場合、超法規的な政治判断で恩赦しても、アメリカの刑法秩序がそれ程乱れるとは思えないと私は思います。
現在の脱走兵ではなく、朝鮮戦争時というのですから、既に歴史上の事件ですから、関係者に対する影響も殆どありません。
あるのはイラクでの虐待問題で兵士の懲罰をせざるを得ない、アメリカの世界政治上のタイミングです。
要は運用の問題です。
恩赦と言うのは、常識的に処罰しないほうが良い事件でも形式的に処罰しなければならないようなおさまりの悪い場合に、法技術を乗り越えた超高度な正義感に基づくものですから、正義を踏みにじるための制度では有りません。
実際は政治的思惑で、選挙違反事件(それだけではあまりにも政治家同士のお手盛り批判を招きますので、交通違反事件なども含めてお茶を濁すのが通例です。)などが天皇の即位や皇太子の成婚などにかこつけて恩赦に浴したりするのが大半ですから、皆さんのイメージは宝くじみた「な印象をお持ちの方が多いと思いますが、本来の制度設計は、高度な正義の実現の為にあるのです。
ところで皆さん記憶に新しいかどうか分りませんが、(年齢によるでしょう)よど号乗っ取り事件やダッカ事件の解決は、恩赦ではありません。
ダッカ事件などは、正義感によっては幾ら大所高所から見ても許されるものでは有りません。
国家が強迫されて服役囚を釈放したわけですから、(刑務所の看守が銃を突きつけられて仕方なしに囚人を釈放したのと同じです。)今でもその人たちは、法的には刑の執行を免れているだけであって、お尋ね人のままです。
このように現在的意義は法のひずみの是正でしかなく、君主の恩恵ではなくなったのですから、天皇の権限に残すメリットは全く有りません。
今では、実質的決定権が内閣にあるのは当然のこととして、その内閣でさえ、一定の合理的基準(その策定は内閣の権限です)に拘束される時代ですから、国事行為として残す必要があるのかな?と言うところです。
国民も今度の恩赦に自分を入れてもらいたいと言う人(これを支持者とする政治家が)は必死に内閣に対して運動するのであって、自分がその選に洩れたり入ったりしても天皇を恨んだり、天皇に感謝したりする人は皆無でしょう。
これは平安時代から既にそうだったようで、恩赦の例では有りませんが、秋の除目(ジモク)に洩れて「契りをきしさせもかつゆをいのちにて 哀(あはれ)ことしの秋もいぬめり」と嘆いた藤原基俊 も天皇を恨んだのではなく、その時の実力者を恨めしく思うだけです。
老いの身で「椎(4位)(の実)を拾うか」と言う頼政の嘆き節(ぶし)の歌を見た清盛から、急遽三位に推薦された源三位頼政も、天皇に感謝したのではなく、清盛に恩を感じたのです。
プラスなら良いという発想も問題なのです。




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