06/07/04

国事行為9(憲法67)恩赦・天皇家の存在意義11

次に6,号を見ましょう。

「6.大赦、特赦、滅刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。」


6号は、君主制に起源を有する制度です。
どういう事かというと、信長の例を見れば分るように、絶対君主は、家臣や領民の生殺与奪の権を持っていたのです。
実際は、無茶なことをしていると家臣・人心が離反しますので、慣習法的なルールに反したことは出来ませんが、それはあくまで政治上のことであって、君主が無法な処罰をしたからと言って、その君主が刑法で処罰されることはありません。(今でも天皇は無答責となっています。)
同じように、君主が許すと言えばどんなに刑法秩序に反していても助かる仕組みでした。
刑罰と言うのは、基本的に君主の行使する権限を家臣に委譲している関係でしかなく、家臣は勝手な処罰をしないようにルール化しただけと言う歴史があるのです。
イギリスでは刑事法廷をキングスコート、(王座裁判所)クイーンズコートと言う呼び方があるのはそう言う歴史が有るからです。
我国でも刑罰は、戦国大名江戸期には、将軍ないし藩主の専権事項でしたが、徐々に軽微な犯罪は、奉行所に任せ、お目見え以上でも徐々に評定所などに任せるようになって行ったことは、後に江戸時代の刑罰の説明で紹介します。
(今年の2月に江戸時代の裁判の説明に入っていたのですが、与力制度の説明から現在横道にそれているだけですので、そのうちに戻ります。)
 民主化は言うまでもなく国王の専制に対する反抗ですから、基本的人権の思想発展に伴い、刑事処罰が真っ先に取り上げられたのは、国王が処罰権を握ってきたと言う歴史からも理解できるところです。
こうして次第に君主の処罰権が縮小して行ったものの、刑を免除してやるのは、国民に利益になるだけだけだからいいだろうということで、刑の免除権、即ち「生殺与奪」のうち「生と与」だけはずっと残ってきたと言う訳です。
そうは言っても、犯罪者(極端な場合、王政支持者が反対派を襲撃して捕まっても、国王が自由に釈放出来るのでは困ります)を君主が自由気ままに釈放出来ると言うのでは、国民が安心して生活できません。
適正な刑罰をしてくれる保障も、基本的人権の大事な機能なのです。
ついでに、「与」と「奪」について書きますと、私の思いつきですが、どちらかと言うと民事上の分野ではないかと思います。
「生かすも殺すも俺の一存」と言うのが「生殺」の権で意味が一貫しますが、命を与えることは出来ませんし、奪って自分のものに出来ませんから、財産上のことではないかと思うのです。
奪うのは、財産没収刑のことでしょう。
その意味では、税や罰金を等しくとっても、特定の人に財産を無闇に与えるのでは、結局不公平になります。
今の天皇家には、税の公平を破るほど財力がないので問題にならないだけです。
「与えるだけなら国民に利益だから良いだろう」とは言い切れない点は、恩赦と同じ問題があるのです。
次の栄典で少し触れますが、プラスなら良いという発想も問題なのです。
現在では、地方交付税や公共工事その他、税の使い道が問題とされるのは、課税対象・税率や徴収方法の公平感だけでなく、集めた税の使い道が不公平のままだと、結局税の不公平と同じことになるからです。




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