06/23/03

裁判所は独立しているか?3(馬と鹿の区別)

皆さんは「馬鹿」の語源または由来を御存じだと思いますが、念のため御紹介しておきましょう。
平家物語の冒頭に出てくる名文句「遠く異朝をとぶらえば、秦の趙高、漢の王莽・・・」
ベべんベンべん・・・(琵琶の音です)と言うくだりです。
ここで引き合いに出される「秦の趙高」と言うのは、天下を統一した秦の始皇帝の側近で、宦官でした。
始皇帝は、死に臨んで、有能な長男を跡継ぎに定めた遺言を作成したのに、趙高は、これでは自分の思うようにはならないので、これを改竄して長男を死に追いやり、末の「胡亥」を跡継ぎにする、遺言状を偽造したことで知られています。
この趙高が結果的に権勢並ぶものなき地位になったことは、これでお分かりいただけると思いますが、この趙高が自分の権勢を(誇示するためにと言うのは大人気ないですが、本当は操り人形である皇帝が、次第に力を持ち始めたところで、踏み絵を迫ったと言うところらしいです。)操り人形である皇帝に対して示すために、群臣が居並ぶ中で、皇帝に鹿を献上したのです。
曰く、「馬でございます。お納め下さいませ」
驚いた皇帝は、「これは鹿ではないか?趙高どうか(頭がおかしくなったのか?)しているのか?と聞くと、趙高は、「いやこれは鹿に違いありません」と言い張ります。
そうなると「そんな馬鹿な」と言う話しの勢いで、居並ぶ群臣に「お前達これは鹿に決まってるよな」
と言いたくなります。
すると、群臣は趙高の威勢を恐れて、「これは馬です」と答えた者、「鹿です」と答えた者、「黙っている」者に分かれました。
趙高は、この結果に合わせて、自分の意に反した者を、口実をつけて処罰してしまいましたので、以後、趙高には誰も逆えなくなったと言う故事です。
こうしてみると、馬鹿とはその人が馬鹿なのではなく、馬鹿にされることを言い表わしたものです。
間もなく2世皇帝胡亥は、趙高に殺され、竟には、秦そのものが滅びてしまいますが、司法権も政府の言いなりになるばかりで、「鹿」を「鹿」と言えないで、今は、沈黙を守る方向の判決が多いですが、そのうち「馬」と言いかねないように危惧するのは私だけでしょうか?
これでは、日本の末が危ぶまれます。
ところで、「馬鹿」の本当の語源は、梵語から出ているそうですが、ここでは司法権の独立の関係で、一般に流布している方を書きました。アシカラズ




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