06/16/03
司法修習制度4(合格枠の変化3)(職業選択の自由)
丙案実施の頃は、政府に危機感があったのか予算措置も講じられて、500人時代の東京の湯島から今の和光市に移り、建物その他の設備も今風になりました。
こうして700人体制になった直前直後は、それまで本来合格出来なかったはずの200人が合格出来るようになったので、ランクに到達しない修習生が発生しないかが主として問題になっていました。
法律家の質低下に対する心配です。
この点は十分な資料分析によって、合格ライン周辺に数百人が滞留していて、当日の僅かな体調の差程度で、合否の明暗が別れる状態(一種のばくち場みたい)になっていましたので、200人の増加だけで、質の低下が問題とはなりませんでした。
要するに法律家志望者の激増に合格枠が追い付かず、本来合格ラインに達しているにも関わらず、定員制の為に500番から1000番の間にひしめいていたのです。
この頃盛んに論じられていたのは、司法試験は、資格試験かそれとも競争試験かと言う問題でした。
資格試験なら、合格ラインに達しているものはすべて合格させるべきだと言う結論になりますし、政府と言うか裁判所の論理は、研修所を経営している立場で、「定員が有るのは仕方ないじゃないか」だから、競争試験だと言うものでした。
競争試験論ですと、成績上位者から一定の数までしか合格させない運用には、何も問題が有りません。
でも、憲法の職業選択の自由から言えば、免許制にする合理性がなければなりません。
関連ページリンク
稲垣法律事務所コラム内:修習生に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:政府
に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:裁判所に関するコラム
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
