06/16/03
司法修習制度3(合格枠の変化2)
平成3年に合意した丙案とは、500人までは従来とおり、成績順に合格とし、合格者を200人増加させて、この200人は、成績順でなく、受験回数の少ないもの中から成績順に合格させる案でした。
合格者500人のまま回数制限を導入すると、もう少しで合格するところに来ている回数を重ねた受験生が枠外に行ってしまいます。
丙案ですと既存の受験生には、従来とおりの合格枠が保障されるのでひどい結果になりません。
法曹人口増加を求める時代の要請にも合致しているので、3者合意が出来て直ち(翌年?)に実施されたのです。
当時としては500人から700人にすると言うのは、丁度4割の増加ですから、画期的な出来事でした。
鉄鋼業であれ自動車業界であれ、年率140%増と言う生産能力増加を考えてみればお分かりいただけると思います。
当時千葉県の弁護士の数がちょうど200人になったときでしたから、毎年それだけの数が追加的に増加して行く事になったのです。
元々昭和30年代末頃まで350人合格の時代でしたので、500人合格時代でも毎年、150人ずつ増加していたのです。
戦前の弁護士や戦後直後の弁護士は極端に少ないので、一般社会のように死亡による減少が殆どなく、合格者がそのまま単純に弁護士増になっている傾向でした。
今でも千葉県弁護士会会員の年間の死亡者は、1人〜2人あるかないかと言うところです。
千葉県弁護士会の例ですと、昭和49年4月に始めて会員が100人の大台を突破したのですが、平成2年4月に丁度2〇〇人突破ですので15〜6年で倍増しているのです。
ちなみに、今年の春現在千葉県弁護士会会員数は300人です。
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