06/15/03

判例法主義と成文法主義 1

御存じのようにイギリスなど(コモンウエルス諸国)は判例法主義の国で、日本や大陸法系の国は成文法主義の国と言われています。
どう違うか良く分からないと思いますので、(私も正確に理解しているか怪しいのですが)説明しておきましょう。
イギリスでは、制定法がないのかと言うとそうではなくて、膨大な法律が国会でしょっちゅう作られています。
それでも、何故判例法の国と言われているのは、判例の積み重ねで形作られた原理原則が、基本にあって、その末端の具体的場面に付いて制定法があるだけだという考え方らしいのです。
ですから制定法の空白部分は、判例や慣習法によって決めて行く考え方です。
我国でも、判例が実際に実務に及ぼす影響力は大きなものがあります。
上級審の拘束力以前に、高等裁判所で言えば、相互に、他の高等裁判所で同種事例について過去にどう言う判決をしているかの判決例=考え方を参考にして、更に自分の判断をするのが通例です。
それどころか、高裁判例が少ない事例や、高裁判例の考え方が分かれている場合には、過去の地裁判例すらも参考にして、検討を重ねて判決を書く事になりますので、相互の影響力は大変なものがあります。
こうした結果、高裁段階での判決例の集積で、大方の判断傾向が固まって来ると、地裁が判決する場合、集積された過去の高裁判例とは違った独自の考えが正当であると言う自信がない限り、高裁の裁判例と同じ考えかたで判決をすることになります。
負けた方が不服だと言って控訴しても、余程新しい考え方で理論武装しない限り、勝ち目がないのですから、控訴しないで終わってしまいます。
こうして事実上、高裁判例が地裁を拘束するような状態になっています。
同じ事は地裁判例でも言えるのです。
各地の地裁で、同種の考え方が示されて、学説でも支持を受けているような場合には、殆ど地裁レベルで、確定的判例の扱いを受けます。
我々弁護士でも、地裁で一定方向の判例が集積しているときに、高裁判例が未だないから控訴してみようかと言う為には、これまで集積された学説や判例の事案とは、本質的に違うところがあって、判例変更出来るのではないかと言う期待が持てる場合に限られます。
このように、事実上の影響力は大変なものですが、法律上拘束するのは、その事件限りと言うのが、裁判所法第4条の意味になります。




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