06/14/03
3権分立(憲法20)9(人材が決め手2)
戦前は、優秀な人材が大蔵省などに就職していた為に、能力的に下位の人材の就職先であった裁判所が、他の行政庁の行為の正邪を判定するのはおこがましいと考えるのは当たり前だったのではないでしょうか?
では対等ならばどうでしょう?
対等ですと、矢張り、その道で何十年もやっている専門の行政官と、いろいろな事件の一つとして、たまにやって来た行政事件に付いてたまに考える裁判官とでは、裁判官がこうすべきだと言う権威のある判断を下し難くなるでしょう。
結局、「行政の事は行政に任せるべきだ」と言う考えに落ち着いてしまうでしょう。
結局は、行政に精通した行政府の経験者(局長など)で構成する行政裁判所を設置すべきだと言う議論になって来ます。
それでは、行政内部の都合のよい範囲で修正すべき場合だけ、修正する判断となるでしょうから、外部の目から見た改革がすすみません。
行政や関係者の都合を優先するチェックでは発展が見込めないのです。
裁判と言うのは本質的に、部外者が部外者の目でチェックする事に意味があるのです。
多分、情報公開も進まなかったでしょうし、専門家と言うよりも関係者の中だけの改革ですと、鉢植えの植木の根がトキに植え替えなければ絡まってしまうように、国家が窒息状態になってしまうのです。
戦前の日本の官僚組織が、そう言う根の絡まったような状態になって、満州事変から、大平洋戦争へと突き進んでいたと、私は思っていますがどうでしょうか?
こうしてみると、明治憲法下で司法権が弱かったのは、法制度上の問題もありますが、人材を裁判所ないしは法律家に振り向けなかった以上は、当然の帰結だったと言えるのです。
関連ページリンク
稲垣法律事務所コラム内:役人,官僚に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:役所に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:憲法に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:裁判所に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:司法に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:判事、裁判官に関するコラム
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
