婚姻制度 (皇室典範4)18

皇室典範の続きです。


第7条 王が皇位を継承したときは、その兄弟姉妹たる王及び女王は、特にこれを親王及び内親王とする。
第8条 皇嗣たる皇子を皇太子という。皇太子のないときは、皇嗣たる皇孫を皇太孫という。
「第9条 天皇及び皇族は、養子をすることができない。」


養子制度は、家禄に関係する為に、封建法や明治時代にはいっても、華族、士族に関しては煩い決まりがありました。(君主側としては、折りあらば家禄を召し上げたいものです。)
明治時代の婚姻と養子縁組規制の過程を以下に見て行きましょう。
明治3年11月の縁組規則では、(明治時代には婚姻を縁組と称していました)華族は太政官へ、士族以下は管轄の府藩県へ願い出る事となっていましたが、僅か一年余りのちの 4年4月には、平民は戸籍法による戸長への届けで良いとされました。
さらに同年8月には、華族、士族、平民間の婚姻が許され、しかも戸長への届出だけで良いとされたのです。
他方養子縁組は、華族、士族、平民間の養子が明治6年1月に、ようやく許されたのです。
そのうえ、華族は管轄庁から正院への伺いが必要で、士族は、管轄庁へ、平民は戸長へそれぞれ届出しなければなりませんでした。
婚姻との差は、家禄の相続権が直接絡んでいた為です。
しかし明治9年に金禄公債証書の発行(すなわち家禄制度の廃止)のころから平民と士族の差が急速に消滅したと言われています。
今では、国民は民法で養子になったり、養親になったり自由に出来るようになっていますが、天皇家だけが出来ないのです。
今でも、天皇家ばかりは、幾らでも養子を増やされては困ると言う事でしょうか?
天皇家には家禄は有りませんが、皇室経済法と言う法律で内廷費、宮廷費、または、皇族費として一定額の支給が保障されていますので、「家禄」みたいなものが残っているからでしょうか?
ただし、国民は今は自由に養子縁組み出来ると書きましたが、「年長養子の禁止」は今でも有りますので、念のため条文を紹介しておきましょう。


「民法793条・・・・・・尊属又は、年長者は、これを養子とする事が出来ない。」




関連ページリンク

コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資