06/04/03

明治政府の中央集権的性格と入会権

婚姻制度の途中ですが、明治政府の性格の説明のついでに、入会権の問題をこの機会に説明しておきましょう。
入り会い地である里山の多くは集落持ちでしたが、集落や自治会には法人格が(法人については平成14年11月4日と5日の「人の種類」のコラムで説明しましたのでお読み下さい)有りませんので、登記制度が出来た時に、どのように登記するかが問題になったのです。
ある部落は、区長など有力者の個人名で登記しました。
この場合は国に没収されずに済みましたが、その代わり、区長が順次変わっても名義がそのままになっている事が多く、これが年月を経て、過去(普通は死亡者)の区長名のままの為に、その遺族が順次相続登記をして行き、都会に出た子孫は、部落からの預かり物だという経緯が分からず、処分してしまう事例も出て来ました。
法人格の必要性を前記のコラムで書いていますが、そこで書いたような問題が生じて来たのです。
他方、多くの部落では、「誰の物でもないしなあ」と言う事で、誰の名義にもしないでいました。
彼等が「誰の物でもない」と思ったのは、「誰か個人の物」でないと言うだけで、となり部落の人が自由に入って樹木の伐採を認める意味ではないのですから、「自分達部落の物だが、その構成員の誰と特定出来ない」と言う程度の意味です。
それなのに政府は、誰の物でもないなら、「民法239条2項・・無主の不動産ハ国庫の所有ニ属ス」という規定が有るのだから国有地だと言う事にしてしまったのです。
この辺の経緯はもっと複雑で、最初の頃は、となり部落が認めればいいとか緩やかだったのが、次第に下草刈り程度では権利が認められないなどと厳しく運用するようになり、その一方では、官有林の方が税金が掛からなくて良いとか、名義だけ変えても従来とおり立ち入りは自由だからとか、いろんなセールストークで丸め込んだらしいのですがそれは省略します。
部落民は、里山を売却する為に持っているのではなく、入り会い地として持っているのですから、国有登記にされただけでは、誰も気づかないでそのままです。
区長が変わっても名義変更の必要がなかったのと同じでしょう。
しかし、毎年一定の時期に行っていた入り会いが、国の事情(鉱山開発、石灰石の採掘、ダムその他)で拒否された時に大問題に発展して来ました。
調べてみると、何十年も前に国有登記されているのが分ったのです。
いきなり立ち入り禁止にされては、怒らない人が居ないでしょう。
これが、各地で大事件に発展した入り会い騒動です。




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