05/17/08

国民優生法から優生保護法4へ

前回紹介した新旧の条文を対照していただくと、一見して殆ど変っておらず、(ただし、第1条の変更にともない人工妊娠中絶が加わっています。)

セイゼイ変っているのは、本人申請をやめて、同意で足りるように簡略化されたくらいとすら言えます。

(その代わり、精神病者に限り、3条の対象からはずし、新第4条以下で、審査会経由に手続きが整備されましたが、これは後述します。)

また旧法では4条で配偶者等の同意が必須でしたが、新法の3条3項で場合によっては、本人の同意だけでたりることになっています。

すべて簡略化、容易化した印象です。

これでは戦後の民主主義の掛け声に応じて、急いで看板だけ付け替えた印象です。

何故こう言うことになったのか、今になると疑問ですが、この手の優生手術はアメリカが世界で一番熱心だったとなれば、合点がいくでしょう。

アメリカは中絶には、厳しいのですが、(カトリックの影響でしょうか?)その前段階の優生手術には熱心だったのです。

この看板(第1条の目的)と実際の違いに対する国民の批判・・遺伝学の発達に応じて、累次の改正で中絶関係の規定の比重が加わり、他方で、らい病者などに対する断種術の人権侵害のひどさが認識されてきたことから、小手先の改正では追いつかなくなって、平成8年についに断種関係の規定を完全廃止して母体保護法という法令名に変るのです。

人権思想の発達の成果と言うよりは、医学の発達の成果というべきでしょうか?

こんなに長引いたのは、人権問題というよりは遺伝学の発達を待ったからでしょう。

次に、内容を見ると、戦前の本人申請の原則がなくなって、医師が主役となって本人等は同意するだけになりました。

その代わり、医師は精神病者に対してだけは、独断で出来ず審査会への申請が義務付けられ、この点は透明化・公正化されました。

以下順次、戦後の優生保護法を紹介していきますが、、現在インターネットで引用できる条文ですので、全部が、昭和23年制定時の条文と同じとは限りません。

(何年当時の条文と明記されていないので、はっきりしないのです。

すべからく、条文のようにショッチュウ改正される性質のものについては、データ作成者は、何年当時、あるいは何年改正前のデータか、明記する必要があるでしょう。

ただし、このデータは、12条に「精神保健法」と言う文言がはいっているのですが、精神衛生法は、昭和62年法号・翌1988年に精神保健法に名称が変り、さらには平成7年法94号・1995年施行・・現行の「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」と名称が変っていますので、以下に引用する優生法のデータは、昭和62年から平成7年までの間に通用していた条文であることになります。

しかも、法令名の右下に法令改正年の掲載があって、最終改正が平成2年とあるのですから、それ以降の条文のコピー・・・平成2年から7年までの間に通用していた条文のコピーとなります。

例えば第1条ですが、「母性の生命健康を保護することを目的とする。」などが、昭和23年の最初からあったのかどうか、疑問に思う方がいてもおかしくないでしょう。

あまり憶測ばかりでは書けませんので、遊び半分のホームページとしては面倒ですが、事務所にある占領下時代の法令集というのを紐解いてみたところ、意外に昭和25年当初の条文として、以下に紹介する第1条2条(2項も含めて)は、片言隻句変らずそっくり同じでした。

第3条も25年当初の条文と同じでした。

(ただし25年同時の条文では「任意に」と言う文言が「優生手術を行うことができる」文言の前に入っていました)

 



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