05/13/08

公的資金と民間資本の棲み分け1

こうして、わが国の資本家は見返りのある政治資金の寄付には熱心でも、慈善事業にお金を出したがらないし、補助金を貰うことばかり気にするし、庶民は庶民で、何か問題があると役所に取り締まり強化や検査機関をつくれなどと何事でも政府の仕事を増やす方向へ向かうのです。

こうした野党系の主張には、昔から私は基本的に反対であることを、05/17/07「法定刑の細分化 12」、03/04/08「保護行政と受身の時代からの脱却」その他のコラムで書いたことがあります。

ところで、民間資金が乏しいかどうかは、その国の経済力と言うよりは国民の心構えによるところが大きいでしょう。

05/08/08・・1「医療水準3と医療関連の歴史1」で、自治体警察の嚆矢となるべき番人制度が頓挫したことを少し紹介しましたが、その理由は自治体の資金不足にありました。

同じく、戦後の自治体警察も資金不足を理由に、国家警察に切り替わって行くのですが、国家なら資金があって自治体にはないと言う発想自体、変な論理です。

税金の分配の問題だけですから、自治体でやるべきことかどうかを先に決めるべきことで、もし、自治体がやるべきだとなれば、国税と地方税の割合を変えればすむことです。

この種の議論は代用監獄である留置場の問題として、09/18/06「未決勾留の施設(拘禁2法1)」で書いたことがあります。

あるいは、民間資金か政府資金かの問題も同じで、増税して政府が公共工事をやるべきか、民間に資金を残して民間の必要とするところに資金を振り向けるべきかの経済政策の選択と同じ問題です。

宮沢大蔵大臣のときに、不景気対策として民間から資金を吸い上げて政府が良いように使ってやるという政策に対し、03/08/08「ケインズ経済学2と公共投資2」その他で私は反対の意見を書いて来ましたが、療養所を作る民間資金の蓄積がなかったというのも、政府に資金があるならば、同じく資金割り当ての問題ですから、大きな政府を選ぶかどうかの国民の選択の問題です。

こんな変な議論で何事も政府の仕事に取り込んでいく政府・・これを支持する国民意識の問題です。

国民はお金を持たされて、自分でそれなりの寄付をする責任を果たすよりは、政府に充分出しているのだから、そうしたことは、政府にしてもらいたいと言う人のほうが多いのではないでしょうか?

明治以降、何事も政府に任せて、その指導どおりやっていくほうが気が楽だからでしょうが、こうした姿勢では、キャッチアップ時代が終わると世界競争に遅れを取ってしまいます。

わが国では、宮沢氏の政策のように資金を民間から吸い上げる一方で、そのかわり何でも政府が面倒を見るという明治以降の基本政策を頑固に守って来たので、この咎めが出て、失われた10年と言われる経済停滞に陥ったのです。

これからは民間の創意工夫に委ね、失敗もあるが成功もあるという経済政策にしていくのが正しい道でしょう。

 



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