05/11/08
精神病者監護法3(行政警察)
精神病者監護法が制定されたときも、まだ病気の治療と言うよりは、治安目的でしたから、以下の年表にあるように警察署の管轄になっているのです。
後に紹介しますが、ライ予防法の療養所の所長は、警察署の天下り先だったのと同様です。
年表と共に、もう一度、精神病者監護法を紹介しましょう。
年表
明治33年(1900)
精神病者監護法公布
・地方ごとに異なっていた精神障害者の処遇規定を一律にした。
・精神病者に対する監護義務者を定め、監置の手順を規定した。
・公私立精神病院の精神病室管理を警察署の菅轄とした。
精神病者監護法第3条以下で、許可を受けるべき行政庁とは、条文だけではどこかはっきりしませんが、当時はこうしたことを管轄する行政庁は内務省しかなかったから、内務省の管轄だったでしょうし、内務省の内部では、衛生局が管轄したはずですが、この年表の意味はいわゆる衛生警察の管轄だった可能性が高いと言う意味でしょう。
当時、公衆衛生は、内務省・警察の関心事項であったからです。
ちなみに、精神病者の隔離と同様の運命をたどったライ療養所の所長も、当初は警察関係者ばかりだったのですが、医師である河村正之が、1909年に九州療養所所長に就任したのが初代ということですから、当時の精神病者やライ患者に対する社会の関心・姿勢・・治療よりは隔離という姿勢が窺えるでしょう。
これは日本だけではなく、諸外国でも似たような歴史をたどっているのですが、西洋では、キリスト教関係者による慈善事業の対象として集められたことが始まりですから、その出発点の違いが、後に大きな差になってくるのでしょう。
現在でも精神病者の起こした事件が報道されると、大方の意識としては
「こんなのが野放しではこわい!」
と感じる人のほうが多いのです。
精神病が治ってこの世の中に精神病者がいなくなるのは望ましいけれども、治らないならその間隔離して、世の中にいないことにして欲しいという心理が働くのです。
こうした心理は、犯罪者に対する心理・・出来ることならば、教育して犯罪者にならないような人間にしてほしいが、それが無理なら、刑務所に隔離して置いてほしい・・と言う点は共通です。
精神病やライ病に対する具体的な治療法が皆目見当の付かなかった時代には、先ず隔離・防疫と言う方向・・その関心を持つ・・責任者が、(行政)警察であったのは、仕方がないところです。
現在でも、刑務所は単に一定期間だけ隔離しておくのではなく、出て来たら、もう一度犯罪を犯さないように教育してから出す教育刑が望まれますが、かと言って、これは願望に過ぎません。
教育だけで犯罪をなくせないことが大方の印象ですから、刑務所内教育は国民教育を担当する文部省(今は文科省)の管轄ではなく、治安を担当する法務省の矯正局が担当しているのです。
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