05/08/08

医療水準4と医療関連の歴史2

「日本における精神医療関連法規の歴史」(引用)と私のコメントのつづきです。

精神病院に限らず、そもそも普通の病気でも、病院制度がなかったので、(当時はお金持ちでも貧乏人でも、往診ばかりでした)始めて病院と言う仕組みを考え出したのが、明治7年です。

これもやっと一つ東京に出来ただけですから、全国的にはまだまだです。

江戸時代まで死刑や追放・鞭打ち等が中心で服役が殆どなかったのは、収容すべき施設がなかった・・食わせていけなかったことが大きな原因でしたが、医療も同じだったのです。

刑務所の歴史については、12/15/03「刑務所の歴史3(刑罰の種類1)」前後で紹介しました。

明治8年にやっと京都で公立の精神病院である京都癲狂院が設立されています。

このころは、この年表でまだ「狂癲」または「癲狂」と言われていたことが分かります。

以下に紹介する明治13年の刑法でも分かるように、そもそも狂人を放置・・野放しにせず関係者は責任をもって監護するべき道徳が生まれ始めていた・・・むしろ私宅監置が奨励されていたのです。

そうした背景があって、したく監禁が一般化してくるに連れて弊害も生まれてきたのでしょうか?明治11年に東京に限っては、私宅監置について警察への届出が義務付けられ、これが全国に広がって、22年後の明治33年の精神病者監護法に繋がる経緯が分かります。

明治12年になって、養育院内で癲狂室が独立して、一般人と区別されるようになり、東京府癲狂院が設立されます。

これは東京で初めて出来たと言うだけですから、全国展開はまだまだです。

明治33年の段階でも、まだ病院は普及していませんので、私宅監置を原則として、これを届け出させて、役所がチェックすると言うだけです。

年 表

明治7年(1874)

文部省は、狂癲院の基礎となる「医制」を制定し、同年、東京府病院が設置されたが、この中に精神科は含ま れていなかった。

明治8年(1875)

京都に日本最初の公立精神病院、京都癲狂院設立。
同年、行政警察規則により、路上で、狂癲者を発見したら介抱し、暴力を振るう者は取り押さえてその地の戸長に引き渡すことが規 定された。

明治11年(1878) 

名古屋監獄に日本最初の監獄精神病室が設置された。
同年、東京警視庁布達により、「精神障害者や不良子弟等を私宅に鎖錮しようとするものは、その理由等を詳記し、親族連印の上、医師の診断書を添えて所轄の警察に届け出て認可を得ること」が定められた。

(私宅監置の制度化)

明治12年(1879)

精神障害者の収容施設、治療施設として、東京府養育院内の癲狂室が独立し、東京府癲狂院が設置された。精神障害者の医療施設への収容もはじまったが、全国的にみれば、その病床数はほんのわずかなものにすぎなかった。

 



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