05/07/08
精神医療水準と監護義務1
前回紹介したように、既に「精神病」と言う法律の題名にまでなっている・・・と言うことは、そのずっと前から専門家の間では常識的用語だったはずですが、同じ明治33年制定の小学校令で、定義のはっきりしない古風な日常語を何故用いたのか疑問です。
法令と言うのは概念がきっちりしないとその範囲がはっきりしないで困るのですが、瘋癲白痴と言うだけでは、日常のおぼろげな言葉であって、専門用語ではないために定義がはっきりしない嫌いがあるのです。
この後に明治の初めからの小学校令や教育令を紹介しますが、そこでは「歳」を使ったり「才」を使ったり、同じ文部省の法令でありながら、時期によってマチマチだったのです。
戦後直後の学校教育法で年齢を表す歳の字を、才で表現していた誤りを、04/26/08「教育を受ける権利1」のコラムで指摘しましたが、戦後の混乱によるだけではなく、文部官僚は明治の初めから漢字に対する理解がもう一つ足りない人の集まりだったのでしょうか?
現在でも政治家の優先順位で言うと利権に関係がすくなかったので、文科省の大臣になりたがる人はあまりいませんが、官僚の就職希望も似たような順位なのでしょう。
ただし、後に瘋癲の使用例の関係で谷崎潤一郎の瘋癲老人日記を紹介しますが、漢字の正確な意味と言うよりは古風な表現で、その幅・・余韻を楽しむのも文学者の特権でしょう。
教育者には、元文学少年?が多いので、きっちりした文字の定義を好まない傾向がこうした法令用語に現れているのかもしれません。
しかし法令にする以上は、「緑なす黒髪」と言う文学的表現では困るのです。
ところで、話が次々とそれていきますが、前回紹介した明治33年の精神病者監護法を見ると、精神科の医師に見てもらうことや病院での入院治療を予定しておらず、私宅監置・・座敷牢などの隔離・監禁が原則で、むしろ関係者にはこれが義務付けられていたことが分かります。
西洋医学の素養のある医師の絶対数が足りなかったからでしょう。
それまでの漢方医および鍼灸では、殆ど手の施しようがなかったからです。
もっとも西洋医学といっても外科については得意ですが、内科や精神科についてはそれほど漢方に比べて、進んでいたわけではありません。
現在でも入院治療と通院治療の違いは、拘束できることと、投薬を強制的に出来ることの違いくらいが大きなところでしょうか?
医療観察法の審理では、入院が必要か否かと言う点が最大の焦点ですが、入院を必要とする鑑定意見書では、押しなべて対象者には服薬のコンプライアンスがないという点に尽きる感じです。
投薬とはよく言ったもので、自発的に服薬するのではなく医師が無理に飲ませる語感です。
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