05/05/08

戦前の教育制度1(特殊教育6)

学校教育法の話に戻しますと、教育法では、憲法には、すでに「教育を受ける権利」が書かれているので、この理念に追いつこうとする改革の連続でしたから、幸い戦前の家族法のように突破できない壁がありません。

憲法の理念に社意識が追いつきさえすれば、よかったのです。

憲法に規定のないことで、社会が必要とする改革をする・・・大きなパラダイムをひっくり返すには、革命またはこれに類似した維新のような大改革が必要になるのでしょうが、これを変えるのがわが国では苦手なのです。

郵政族や、道路族の既得権益をひっくり返すには、大きな政治勢力の変動が必要なのは、これの小型版と理解できます。

日本列島の主産業は、水田耕作で長年やってきたので、親どころかお祖父さんの代・・もっとその前から考えても水田の管理運営方法が殆ど変化しなかったでしょうから、千年単位で微細な改善くらいしか経験したことがないのです。

変化が乏しいのに慣れた国民性が、一度始めるとどこまでも同じ方法にこだわり、大きな変化に抵抗心理が働くのでしょう。

(埋め立て工事も、ダム工事もこれがいいと始めると、絶対に方針を変更したがらないのが政治ですし、それを支える国民がいるのです。)

以上、戦後から現在までの、教育を受ける権利の到達点を書いてきましたが、この機会に、戦前までの障害者の教育・・教育を受ける権利の実体はどうだったのかを見ておきましょう。

明治以降から戦前の条文については中野文庫で紹介していますので、そのデータによりますと、(以下、戦前の条文は、断りがない限り同文庫からの引用です)

第一次小学校令では

「第五条 疾病家計困窮其他止ムヲ得サル事故ニ由リ児童ヲ就学セシムルコト能ハスト認定スルモノニハ府知事県令其期限ヲ定メテ就学猶予ヲ許スコトヲ得」とされ、

第二次小学校令では、

「貧窮ノ為又ハ児童ノ疾病ノ為其他已ムヲ得サル事故ノ為学齢児童ヲ就学セシムルコト能ハサルトキハ・・・」

となっているだけで、猶予してやるというだけで、具体的な障害や就学方法まで予定されていません。

第三次小学校令では、漸く障害の内容が具体的になってきます。

第三次小学校令

「第三十三条 学齢児童瘋癲白痴又ハ不具癈疾ノ為之ヲ就学セシムルコト能ハズト認ムルトキハ市町村長ハ府県知事ノ認可ヲ受ケ学齢児童保護者ノ義務ヲ免除スルコトヲ得」

 



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