05/05/08
改善型政治の限界
わが国は、いろんな政治上の改革でも、ドラスチックな改正よりはこうした、改善効果の積み重ねで、何時のまにか方向が180度変ってしまうようなやり方が好きなのでしょう。
ただし、こうした改善に頼る方法では、時間が掛かるばかりか、家族制度の改革が戦前の価値体系に合わないために、その先へ進めなかったように、正面突破できない壁にぶつかってしまうことがあります。
8代将軍吉宗の始めた能力主義が、幕藩体制の根幹である家禄制に抵触したために、足高制という中途半端なものに終わったのも同じです。
各種都市計画は、新市街地を作る一方で旧市街にもご機嫌取りの政策をするために、足し算ばかりで中途半端になるのも、波風を立てないようにと言う国民性のせいです。
こうした非効率政治を経済・・商売に置き換えればいかに無駄な方法であるかが直ぐ分かります。
投資すべき一定の資本を、投資効率の良い分野に全面的に投資するのではなく、赤字部分を温存し、これに8割以上の投資(旧市街地や旧事業のほうが規模が大きいので、こうなるのです)を続け、残りの1〜2割を効率の良い分野に振り向けていたのでは、投資効果がものすごく悪いのです。
企業社会では赤字部分を直ぐに切り捨て・・事業縮小あるいは、事業譲渡などで売却し、利益の出る分野に全資源を投入するのが普通です。
赤字分野に投資を続けていたのでは、ザルに水を注いでいるようなものですから、直ぐに倒産してしまうでしょう。
政治ではそんな訳に行かない・・みんな国民だからと言う論理で、後ろ向き投資に8〜9割使っているのですが、この比率の大小が、時間の経過でじわじわと利いてきて、国際競争力の差になって現れてくるのです。
企業も長い間一家意識でしたが、ここ数十年来事業売却が普通になってきましたし、国が非効率投資にこだわり続けるならば、インフラ整備の良い他国に事業展開して行き、企業が逃げてしまう傾向すら出てきています。
一定の税金で、一方は渋滞している道路開通に資本投下し、その結果1時間掛かっていた運送が20分で終わるようになれば、企業も税金を払った意味があります。
他方で同じように取られた税金で、山奥の2〜3所帯しか住まない人の通行のために巨額の資金でトンネルを掘削し、10数キロにもわたる道路舗装などに投資していたのでは、税金を払う企業から見れば何の見返りもないことになります。
こう言うことを続けていると、外資が来ないだけでなく日本の企業自体が逃げ出してしまう可能性があります。
これから、企業の移動自由化が進むと外資が来ないと言うことは、日本企業も出たほうが得だという誘惑が強まっていくと言うことです。
企業に逃げられるような投資環境にしていくと、日本列島は将来的にジリ貧です。
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