05/04/08

権利の生成とその限界

以上紹介してきたように学校教育法の条文上では、僅かな変更しかないのですが、文科省に始まる実際の現場の対応は、戦後直後ころから見れば、180度近く転換しているのです。

そのうちに条文自体ではっきりと分かるように転換できれば良いのですが、まだ国民意識がそこまで行かないので、表向きは就学義務を大きく掲げたままにして、条文上は恐る恐る分かり難いように小刻みに教育を受ける権利の方へ改正を続けていると言うことでしょう。

戦後憲法で認められた各種人権規定の多くがこう言う過程をたどっているのです。

条文のほうが、社会意識よりもかなり前に進みすぎて出来あがったために実態が追いつかない嫌いがありました。

与えられた人権だったからです。

以前紹介しましたが、農地改革や家族関係その他の改革もこの教育制度同様に、専門家その他の間では徐々に改革が進んでいたのですが、社会の前面に出るまでには至っていなかったのです。

それが敗戦の結果、それまでの社会運動を飛び越して、もっと進んだ各種権利が認められたので、価値の大転換と言う印象を与えたのです。

それでも全くの後進国をイキナリ民主化したのとは違い、各分野で民主化の下準備が出来ていたものの、儒教道徳が足かせになって、それ以上正面からの改革・宣言が出来なかったことが多いのですが、戦後民主化によって、その障害が一気に除かれて改革が堰を切ったように出来た面があります。

(家族制度の矛盾が極まっていて、その改革意見が民法学者の間では進んでいたことを04/04/05・・2「都市労働者の増加と家父長制の矛盾3(厄介の社会化2)」その他で繰り返し紹介してきました。

・・その他農地制度もそうでしたし、戦後改革の大方は、内部的には準備されていたのです)

現憲法の人権思想は、押し付けられた面もありますが、外圧を利用してうまく切り替えただけですので、戦後民主化がうまく追いついて定着し、逆戻り・・クーデターその他混乱がなかったのです。

学校教育法の息の長い変化(目立たないように徐々に・・)を見ると、権利と言うものはこうして出来上がっていくと言うサンプルのような例です。

わが国産業界が、得意とする微細な改善効果の積み重ねによって、何時のまにかマルデ違った性能の機械が出来上がっていくのと学校教育法の累次にわたる改正経過は似ています。

 



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資