05/01/08

教育を受ける権利5(特殊教育1)

話がそれましたが、教育を受ける権利に戻しますと、明治以降の教育制度は国家の都合で、(国民のレベルアップは国際競争上必須です)

     「国家の教育をする権利とこれを受ける義務」

と言う基本精神でした。

これは、ちょうど兵役の権利義務と同じで、日本人だからこそ兵役に就く権利・・有難くない権利です・・・があると言うのですが、体の弱いのは役に立たないから兵役免除を受けられたように、廃疾者等はどうせ教育しても費用の無駄だから教育を受ける義務を免除されると言う思考法で運営されてきたのです。

権利とは言うものの、権利はおまけ、付けたしで、兵役同様に義務が中心の思想でした。

退官させて貰うためには、「骸骨を乞う」と言う言葉が使われるように、専制君主制下では臣民は体力が続く限り能力に応じて奉仕するべく運命付けられていたのです。

ですから、退官後はまさに偶然の余生であって、今のように定年後何年もレジャー等で楽しむことは予定していなかったのです。

他方で、能力がないとして兵役免除、その他の義務免除を受ければ、その分社会から、一人前に扱われないひどい仕打ちが待っている社会でもありました。

社会構成員としての義務分担をしない以上は、肩身の狭い生活をするのは当然と言う思想でした。

この名残が強いので、今でも、破産を極度に恐れる庶民の心理になっているのでしょう。

以下、一定の能力基準に達しない児童に対する教育のあり方・能力に応じた教育を受ける権利という視点から、平均的教育に適さない弱者に対するわが国の教育制度の歴史を見て行きましょう。

明治以降敗戦までは、一貫して猶予とか「免除」と言う規定が使われていますが、教育を受ける権利という視点から言えば、智慧遅れの児童は教育を免除されるのではなく、国が彼らに対する能力に応じた施策を講じるべきなのです。

(逆に、国の義務は免除されないのです)

ちなみに、松本市の教育制度にかける意気込みについては、09/27/03「明治維新と学制改革(学制と教育令) 5」で開智学校を紹介しましたが、それだけに先進的試みが進んだ地域らしく、児童の能力には個性差があることに着目して、早くも1890年には松本では、尋常小学校に、落第生学級が編成されているそうです。

松本市および周辺の歴史を見ると、戦国乱世にどこでもあるような支配層の入れ替わりがあるだけですから、松本市がどういう歴史経過で明治初年に教育に熱心だったのかは、私には分かりません。

 



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