05/29/07
人口政策・・人口減少策9(知財収入の将来性)
まさか、人口が10万人と言う社会では産業構造として成立たないので、それはない・・冗談としても、人口が数千万人規模であれば充分に成り立つのです。
世界中で、千万人単位くらいの規模の国が中規模国と言われているのですから、数千万人もいれば、十分すぎる人口でしょう。
そこまで、人口を縮小すれば、わが国に全くない資源に関しても、輸入量が少なくなり、その人口で消費するにはちょっとだけ多いものや、何か少し他国よりも上手に加工して輸出して行けば、収支がトントンの時代が来るでしょう。
27日にホンダ自動車の現地調達率9割の記事を紹介しましたが、一割の輸出でも食糧や原油などの輸入が可能になるでしょう。
ただし、この1割の輸出量確保も将来的には、怪しいのです。
今のところ先行者の既得権・・経験で?開発や技術が先行していただけで、何十年かしてくれば、現地生産で経験をつんだ中国その他の後進国でも日本と匹敵する技術開発力がついてきて、日本と競合するようになる日が来るのは明白です。
現に韓国では、サムスンなどがすでに日本企業の開発力を凌駕しつつあるのです。
ここ100年ばかり日本が優秀そうに見えたのは、長年近代工業生産に慣れ親しんだ利点が大きかったに過ぎないのです。
ですから、よほど、優秀な人材に国民を絞り込むか、優秀な人材の輸入を心がけないと、知財収入に頼る政策は、実は長期的には、ジリ貧になる可能性が高いのです。
その点は続いて書くとして、仮に知財で稼ぐとしても大した人口を養えませんから,人口の減少政策にシフトしていくしかないでしょう。
何の生産品もない山奥の村が、50年ばかり観光で潤って人口が増えてきたが、時代が変わって、観光客が来なくなれば、もとの山奥の寒村に戻るしかないのと同じです。
産炭地として栄えて人口が膨張していた、山奥の炭鉱町が、石炭産業の衰退にあわせて、ジリジリと人口を減らしていかざるを得なかったのと同じで、これが国単位で変化をこうむる巨大なうねりの時代が来たのです。
明治以来の加工貿易立国が曲り角を迎えたのは紛れもない事実でしょうから、
「人口は増えるもの」
という意識の180度転換が必要な時期が来ているのです。
石炭から石油への構造変化に際しては、産炭地の場合には、折から高度成長期でしたので、九州などの炭鉱地から千葉の工業地帯への労働力の振り向けがうまく行ったのです。
千葉の海岸埋立地に出来た雇用促進住宅には、こうして産炭地から千葉に転居して来た人が一杯います。
高度成長が終わってからも、石炭産業の凋落ほどドラスチックではなかったものの、たとえば同じ電気製品販売店でも、今は電球やストーブを売る店では、やっていけませんので、旧来型ので電気店はほぼ壊滅しましたが、(町の写真館もなくなり、各種個人商店も壊滅しコンビにとなり・・・)このように各種産業分野で小刻みにいろんな入れ替わりがあったのです。
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