05/23/07
福祉事務所の脱皮必要性1
話を少子化対策から、高齢者の生活保護予備軍の増加問題に戻しましょう。
現役時代に平均以下の収入しかなかった高齢者が生活保護予備軍になってしまった原因は、高齢・長寿社会の到来ですが、責められるべきは政策当局であって、個々人の労働者に対して、見通しの悪さを責めることは出来ないはずです。
予め自助努力しなかった国民にも、過失相殺のような責任が何割かはあるでしょうが、底辺労働者の多くに、これを期待するのは無理ですから、こうした階層のためにこそ国家・公共団体の後見的役割を求められているのです。
後見的役割があるということは、その裏側にちゃんとやる義務もあるのですから、その役割を果たせなかった政府に多くの責任があるのは明らかです。
国民年金制度は、昭和34年成立の制度で、親子同居を前提とした仕組みであることを、 12/10/06「国民年金制度と生活保護1(国民年金法24)」のコラム以来、何回か書いて来ました。
国民年金制度が出来てから、世の中が大きく変って別居時代になって来たのが目に見えていたのに、約50年間も国民年金制度や厚生年金制度の枠組み修正を殆どしなかった政策当局の責任は大きいでしょう。
細かい掛け金の修正を毎年のようにして、国民に分かり難くして来ましたが、肝腎の大きな社会の枠組みの変化に対する手当てをしなかった責任です。
高齢・長寿社会到来と親子同居時代の終焉への対応を誤った責任は、主として政策当局の方にあるのですから、旧来の生活保護に対する発想・・
「自己責任の脱落者だから、認定を厳しくすべきだ」
とする厳しい運用は間違いです。
底辺労働者に対しては、元々保険料の天引きでさえ難しいとしてして、社会保険制度の枠外に放置したまま50年弱も来た咎めが出て来たのですから、今更長生きしてしまった彼らに対して自己責任を問うのはおかしいでしょう。
生活保護の認定に際して、従来どおりの厳しい運用をしていると、サラ金地獄や自殺が頻発する社会になってしまいます。
国家財政が持たないならば仕方ないですが、これまで繰り返し書いているように膨大な貿易黒字による蓄積がある筈です。
もしも下手な運用でなくしてしまったとしたら、歴代の運用担当者の年金や退職金を召し上げてででも、日本の高度成長に寄与してきた彼らを救済すべきでしょう。
(これは実際的ではないので、あえて言えばこのくらい言ってみたいものだというだけです。)
そう言う本当の責任者に限って、天下りを繰り返して巨額の退職金を貰い・高額の年金を受給しているのです。
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