05/17/07

法定刑の細分化 12

5月16日の3の冒頭で逮捕要件の不明瞭さが、人権侵害になるということから最近の話題・・被害者救済活動の行き過ぎに話がずれてしまいましたが、話を元に戻します。
これまで書いているように法定刑の幅が広すぎると公判での審理も、情状中心になって不透明だから困るのです。
法定刑が細分化されれば、細かい事実の争いが情状ではなく、どの刑にあたるかのテーマになるので、審理が活性化するし、事実の有無に割り切った公判進行になれば、民事賠償が一緒になっても問題が少ないでしょう。
今は、たとえば交通事故の裁判でも、裁判の正式なテーマは事故があったかどうか、過失があったかどうか飲酒したか否かだけで、飲酒の動機態様、事故の原因、被害者の過失すべてが、裁判の本来のテーマではなく情状でしかないのです。
傷害罪なども、刃物を使ったら何年から何年まで、拳銃使用の場合・・拳固の場合、平手の場合など態様や結果(全治何ヶ月までは罰金、全治何ヶ月以上全治1年までは、懲役6ヶ月以上1年以内とかの組み合わせによって、法定刑が細かく定まっていれば、現在の公判の審理はおまけではなく、裁判の正面のテーマになるのです。
現在こうしたことは、すべて量刑の事情でしかなく、裁判の殆どの時間を割いている公判の審理が、実は法律上は、おまけになっているのです。
5月6日・・・・・1「親告罪3(刑法75)告訴期間の撤廃と起訴便宜主義の危険性1」で条文を紹介しましたが、何しろ傷害罪は、15年以下の懲役または罰金50万円以下というのですから、幅が有り過ぎるのです。
同時に紹介した性犯罪も同様で、3年以上の有期懲役と言うのですから、交通事故や傷害の事実さえあれば、その内容がどのようなものであったかによる違いは、すべて裁量に委ねられる・・・後は裁判所の裁量が大き過ぎるのです。
これを細かく分類してその態様や結果によっては、刑が細かく分かれていれば、そのどれにあたるかの争いは法的に意味のある争いになってきますし、公判が活性化するでしょう。
現在ではすべてが、おまけの争いといっても過言ではないのですから、殆どの時間を割いている公判の進行について、判決理由として書く必要すらないのです。
必死になって、裁判で争っている肝腎の事故態様などは、裁判所の裁量で、量刑に反映されるだけです。
判決理由に付いても量刑の理由は詳細に書く必要もなく、その認定自体を争うことは出来ません。
控訴理由としては、量刑の前提になった個々の事実認定を争う方法がないので、「量刑不当」と言う抽象的な文言だけに集約されるのです。
昔から被害者保護の掛け声・・国家秩序維持の目的追及の結果、過酷な刑罰や人権侵害が行なわれて来た反省から基本的人権の保障の精神が生まれてきたのですから、人権擁護の旗印の下で、業者取締りなどの主張ばかりするのは、本末転倒ではないでしょうか?
弁護士が取り締まり強化の主張までして政府を応援しなくとも、放って置いても取り締まり強化・監督権の強化は政府の好きなことですから、弁護士が音頭を取る必要はないでしょう。
弁護士の必要な役割は、取り締まりを求める側ではなく、取締り強化に伴うマイナス効果のチェックではないでしょうか?
「100人のうち99人から悪いやつだ」と指弾されている犯人にも、守るべき人権があるというのが、弁護士の仕事ではないでしょうか
以前から、私のコラムでは、革新系と称する運動は、政府の失点をあげつらい、結果的に政府の監督権強化の応援団的役割を果たして来たことを批判して来ましたが、最近の1部弁護士の運動は、従来の野党的発想で行動しているのではないでしょうか。
(共産党や社会党は元々大きな政府志向の政党ですから、仕方がなかったのですが・・・。)
野党に必要な資質は、政府の失敗をあげつらって、監督権強化を図ることではなく、対案を示すことに有るでしょう。
肝腎の対案の設定能力がないことを誤魔化すために、失点狙いの行動ばかりしているから、いつまで経っても政権を取れないのです。



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