05/16/07

人権保障は誰から守るためにあるか?1(社会的弱者とは?1)

話しが逸れてしまいましたが、5月9日・・・・・2「起訴基準の法定化8(道路交通法違反1)」の続きです。
いつ、どう言う場合に逮捕されるかの基準を公開されていない・・・知らされない国民は、政府にすり寄るしか、身の保全が出来くなります。
こういう社会では、近代法の基本的人権保障の精神はどうなってしまうの?と言う疑問が出てきます。
人権保障の原理は、政府からの人身保護・・すなわち政府に楯突く者の保護を目的にできてきたものです。
ヤクザや泥棒・あるいは悪徳商法から庶民を守るために、人権保障規定が憲法で定められているのでは有りません。
最近の弁護士では、刑事被害者の人権とかヤクザ撲滅、あるいは貸し金業者を目の敵にするのに熱心なグループもいますが、こうした活動は人権擁護活動とは本来的にズレた活動です。
これまで書いているように、サラ金被害者は現にいますが、社会全体で見れば金貸しも社会の末端にいる弱者です。
その他、ミクロで見れば、最末端の犯罪被害者は概ねマクロでみた社会的弱者(犯人)からの被害者であることが多いのです。
子供のいじめですら、いじめっ子は、劣悪な家庭環境の子供が多く、弱者が自分よりもっと弱者を苛めるのが社会の基本的構図なのです。
時代物の映画に良く出てくるような、上司の子供が能力もないのに身分の低い子供をみんなで苛めるようなことは、実際にはなくて、元々社会的に虐げられている弱者の子供がいじめっ子になるのが普通です。
弁護士の役割りは、いじめっ子を追及することではなく、このような苛めを阻止できなかった学校の教育体制や、いじめに走らざるをえない環境その他の改良・・ひいては社会の構造改革の運動をすべきなのです。
社会から憎まれているだけでなく、犯罪に走ってしまった者にも、必要以上の処罰をしないように、弱者の立場でものごとを見るのが、弁護士本来の役割です。
政府や権力者と密接な関係のある企業の犯罪を、抉り出すなら社会正義の実現・人権擁護でしょうが、政府に従わない鬼っ子を相手に政府のお先棒担ぎをして、あら探しをしても仕方がないのではないでしょうか?
言うならば、政府のお墨つきを受けて、大きな複雑な仕組みで不正な利益を得ているものを暴くのが弁護士本来の仕事であって、政府からにらまれていて、充分に社会から嫌われるように仕組まれている者たちや組織を、政府といっしょになって痛めつけるような役割が期待されているのでは、有りません。
(そんな仕事は、警察や役人が本来やるべきことでしょう。)
苛められる子は、そのクラスで既にのけものになっていることが多いのですが、(多数派を形成しているリーダーが苛められることは有りません)多数派に組して一緒に苛める役割を弁護士が担ってどうしょうって言うのでしょうか?
犯罪被害者の救済活動は、政府に向けるべきであって、犯罪者をさらに追い詰めるような運動にするべきでは有りません。
犯罪者として、逮捕勾留されている被告人の追及に精を出すなんて、ユダヤ人が迫害されているときに、ゲシュタポと協力してそのあら探しをしているようなものです。



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