05/11/07
逮捕要件の骨抜き2(知らしむべからず=権力への擦り寄り1)
信号遵守義務のようにある程度知っている法律は、守ってさえいればまだしも安心ですが、これからの法律は複雑になる一方です。
特許法や著作権法のように難しくなると、少しくらい勉強しても、何が「侵害」になるのかの理解が困難ですから、国民は自ら身を守る方法が有りません。
逮捕・検挙基準が検察の内部基準でしかなく、秘密のままですと、これにたまたま違反していることを理由に恣意的に(あるいは基準の適用ミスで)検挙されても、内部基準違反でしかないのです。
内部基準に違反でしかないので、法的なテーマにはなれませんから、
「違反している」
と言う事実がある限り、法的に争う方法がないのです。
刑訴の逮捕要件の199条の条文を紹介しましたが、裁判所は犯罪事実があるかどうかだけを審査するのです。
現行法の体系では、逮捕基準が明らかでないばかりか、裁判しても懲役刑になるばあいと罰金刑になる場合の区別が条文上明らかでは有りません。
(たとえば、傷害罪でも、住居侵入でも、道路交通法違反でもみな、その条文には、どう言う場合罰金になるのか、懲役になるのかの区別がなく、裁判所の裁量なのです。)
そのうえ、法律の禁止に違反すると、即刑事処罰になるだけでなく、社会的地位の抹殺を伴うように広がりをもっているのも、現在社会の特徴です。
武富士会長事件で紹介しましたが、貸金業法に限らず、禁錮以上の刑(執行猶予でもアウトです)になるといろんな事業法で、役員になったり個人の仕事をする資格がなくなるのです。
他人についてぞろぞろと赤信号無視で横断しただけでも、場合によっては懲役刑の法定刑を理由に逮捕できるのですが、こう言うことが法的に可能になっているのは、どう言う場合に懲役になるかの法律上の基準がないからです。
(常識的には、基準を知っている人も多いでしょうが、法が定めた基準ではないので、常識に反していると言うだけでは、法的に争えないのです。
これでも、法で守られた法治国家・・憲法で基本的人権が保障された近代国家といえるのでしょうか?
恐ろしい社会ではないでしょうか?
このように、法定刑の幅が広すぎて、罪刑法定主義や法治国家の保障が実質空洞化してくると、国民が身の安全を守る基準として考えられるのは、
「兎も角、政府の方針に楯突かない」
「警察とは仲良くしておく」
と言う、政府・・権力にすり寄ることによる自己保身策しかなくなってくるでしょう。
これが、日本人の与党病の根源でもあるでしょう。
(野党が育たないので,政権交代が出来ないのです)
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