05/08/07

起訴基準の法定化6(検察審査会法3)

現在の犯罪構成要件は、いわゆる自然犯の泥棒や傷害、殺人のように、禁圧している事柄が誰にでもわかることではなくなっているのです。
(正確には、それぞれの犯罪の境界は微妙で細かく議論されていますが、ここではそこまでの意味ではなく、常識的に人殺しや、泥棒の概念は知られているという程度です。)
あるいは旧来型事件でも軽微な違法行為はいくらでもあるのですが、普通は事件にしないで終わるものですが、政治的なものや検察に楯突いた場合には起訴されると言う変な運用になっているのです。
要するに、原則起訴されるべきものが事情によって起訴されないのならば、検察審査会制度の趣旨そのままで納得ですが、原則として起訴されない・・今後2度としないようにと言う説教ですむべきものが、逆に政治的都合で起訴された場合の救済が必要なのです。
しかも、各種の法律で禁錮以上の刑に処せられるといろんな資格がなくなるようになってきたのも、影響力が大きくなって来たのです。
刑事処罰を受けると社会的地位も根こそぎ奪われてしまう、現在の法体系とセットになっている点が問題なのです。
これまでも、検察の起訴便宜主義は、政治的に利用されることが多いので、問題が多かったのですが、今後構成要件が白紙的な法が増えてくるとなお更危険でしょう。
特許法や著作権法の条文を読んでも、ただ「侵害してはいけない」と言うことが分かるだけで、自分がやっていることが違反になるかどうか、違反となったらどのくらいの刑になるのか皆目見当がつかない時代です。
こうなってくると、人権保障上重要なのは、起訴不起訴・起訴の基準、罰金か公判請求かの詳細基準公開こそが人権保障・・旧来の法治国家の意義を維持する所以でしょう。
もしも公開されないとしても、この弊害を是正するためには、検察審査会法を改正して、起訴の適不適も審査対象にすればかなり是正されるでしょう。
検察はそのような恣意的な起訴は年間何本もないので、誤差の範囲内だから第3者がチェックする必要がないと言うのでしょうが、年間何本もないことこそ、狙い撃ちされている弊害なのです。
99%起訴され、あるいは逮捕されている範囲であれば、誰でも納得するでしょうが、「僅か1%に何故自分が選ばれるんだ」と言う不公平感です。
その人にとっては、事件になるかどうかは人生そのものが懸かっているのです。
これを是正するためには、検察審査会でチェックを受けるシステムがあればかなり救われるでしょうし、そのようなチェックがあるとすれば、検察の恣意的運用がほぼなくなるでしょ。
ところで、検察審査会法の改正よりは、もっと抜本的な改正は、起訴便宜主義の縮小あるいは客観基準の定立と公開が妥当でしょう。
便宜主義の裁量権の縮小には、刑事法定刑の細分化を図ればいいのです。
検察内部の起訴不起訴の裁定基準を、法定刑に高めるのです。
検察では、個々の検察官の好みで処理しているのではなく、もちろん内部基準を作っているのですが、それ自体国民の権利義務に強力な影響を与える基準です。
これこそ近代法・・あるいはわが憲法で言うところの立派な法律事項ではないでしょうか?



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