05/27/06
刑部省と弾正台(卿とサーの違い)
08/13/05「台から院へ(別格組織)」で弾上台の話が出たあと、気象台〜御台様に、話が行ってしまいました。
刑部省も弾正台も、とても古めかしい名称で、明治政府が復活させるまで殆ど死語でしたが、官名としては結構使われていました。
歴史上の人物で言えば、関が原で敗れた石田光成の盟友となった大谷刑部(ぎょうぶ)吉継・或いは、最後は城もろとも自爆した松永「弾正」久秀の名で知られています。
ついでに言うと、石田光成の官名は「治部少輔」というのですが、治部省は古代律令制下および平安時代においても、「諸氏の族姓や葬事・仏寺・外交事務を掌る」職務でした。
ついでのついでですが、律令制下での階級は、太政大臣と左右大臣のほかに各省の長官(かみ)は、卿と言われ、次官は大輔と少輔の2種があったのです。
江藤新平も司法卿になる前は、どこかの大輔になっていました。
明治維新当時に、初代司法卿江藤新平、大蔵卿大隈重信と言われるのはその当時の官名で、当時は左右大臣までが大臣と呼ばれていたのです。
ちなみ太政官制は、後に紹介する内閣制度が出来た明治18年12月まで存在していたのです。
ところで、イギリスのサーのことを「・・・卿」と翻訳する本が多いですが、「卿」は爵位などの階級のことでなく、左右大臣未満の「特定の省の長官」を指す言葉ですから、何らの役職とも関係なく一定の称号をもっている人を、「卿」と翻訳するのは間違いです。
そうした批判があるのかないのか知りませんが、戦後直ぐには(例えばヒラリー卿のエベレスト登頂成功のニュースなど)あったのですが、ビートルズがサーになるに及んで、今では単にサーとカタカナで書いたり、全く無視してブレア氏などと書くのが多いようです。
日本の漢字に当てはめるならば、爵位などに似ていますが、爵位は資格ですが、卿は特定の役職名だったのです。
(日本では、その爵位以下の士大夫の世襲制度は、昔からないのです。)
現在の日本では、国務大臣ではあるが所管の役所のない無任省大臣と言う変な制度がありますが、卿や大臣は、本来特定の行政庁のカミ・長官を言う言葉だったのです。
無官の太夫を言うものではありません。
日本では「太夫」は、四位と五位に叙任された者を言ったことを、12/26/03 身分とは?3(中世社会2)公家」のコラムで紹介しました。
但し、これは終身あるいは世襲ではなく、個人的な昇進降格のある官位でしかありませんので、名誉称号である爵位とは別物ですし、イギリスの「サー」と同じではありません。
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