05/26/06

世界宗教の非合理化22と各宗派の成立(民族国家)3

キリスト教やイスラム教世界での各分派の関係は、法律の世界で言えば、国内全部に通用する国法と地域でだけ通用する自治体条例の違いのようなものでしょう。
地域的文化慣習の違いなら、同じところに住んでいる人は同じ価値観の人が多いのですから、地域ごとの条例・・規律に服すのが合理的です。
しかし、宗教観が違うことによる分派の場合は、小うるさい割に入り組んで住む傾向があって、これが、紛争の種になって来ると解決が厄介です。
キリストの分派、あるいは、イスラムの分派の場合は、大元のキリスト教やイスラムの精神は、共通ですから、その違いはもっと瑣末な日常的行動規準的な事柄になるのは、理の当然です。
哲学的な立場の違いや政治的立場の違いくらいでは、普段から喧嘩になりませんが(政敵同士でも意外に気が合って、一緒に碁をうったりゴルフできるのと同じです)、瑣末な事柄の違いほど、毎日の生活で気になることはないものです。
嫁姑の争いの根本に、この瑣末な相違があると言えば、分かり良いでしょうか?
異民族や異宗教の混在でも、100万人に10人とかのごく少数の場合は、多数にしたがうので喧嘩になりませんが、一定規模になると独自の存在を主張し始めるので、紛争になり易いのです。
これは、同じ民族でも内部で、産業構造が大幅に変わる場面では、それぞれの産業基盤をバックに内部抗争に発展し易くなるのと同じでしょう。
西洋の宗教戦争は、こうした背景でおきたものでしょう。
我が国の場合、05/23/06「日本の新興宗教と政権の関係2 」のコラムで書いたように、新興宗教と言っても抵抗勢力でしかないので、浄土宗の人と真宗の人が隣同士に住んでいても、生活習慣そのものが、変わる訳では有りません。
まして、それ以前の天台宗や真言宗の違いでは、何のことも有りません。
更に言えば、江戸時代以降葬式宗教に転落したので、どこの宗教でもホンのちょっとお経の拝む内容が違うだけで、やることもほとんど変わりません。
ですから、日本では異宗教間でも安易に結婚もするし、宗派の違いによってけんかする必要がないのです。
日本では、「法」といえば国家の作った法律だけの印象です。



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