05/24/06
精神論のふる里3(日本人の心1)
心頭滅却のついでに書きますと、当時は薪を燃やすしかなかったので、その含んだ水蒸気や煙が「もうもうと立ち込めて」、焼け焦げる前に殆どの場合意識不明になったらしいのです。
ですから、心頭滅却しなくとも、恵林寺の和尚さんは熱いのを知らずに死んで行った筈です。
もしかしたら、心頭滅却とは、意識不明になると言う簡単な意味だったかもしれません。
この解釈の方が、漢字の意味にも忠実そうな感じがしますが、あまりにも忠実過ぎますか?
ついでのついでですが、最近煙に巻かれないようにビルなどで、排煙設備の設置が義務付けられていますが、もしも逃げ遅れた人がいた場合、かえって意識のあるままジリジリと焼かれることになって生き地獄となります。
こういう時のために心頭滅却する訓練を受けておく必要があるでしょうか?前回コラムで書いたとおり、中世の新興宗教成立時期以来、わが国では、精神論が幅を利かす精神風土になって行ったのですが、これだけではなく、いろんな精神風土がこのときに形作られたのです。
どうにもならない自然現象を相手に醸成された「諦観」や「もののあわれ」と言う考え方は、日本の自慢すべき特質だと言う人が多いですが、これはたまたま、人智ではどうにもならない気候変動下で必要があって生まれた智恵に過ぎないのです。
よく例に出される鴨長明の方丈記「行く川の水の流れは絶えずして・・・」の無常観、「もののあわれ」や諦観は、定家などの新古今集の時代に始まるのであって、万葉集や古今集の時代にはないのです。
前記のように陶淵明の詩の中でも、「心遠ければ・・・」の一節が、特に好まれるようになったのも、この頃からではないかと言う疑いを持っているのです。
何しろ陶淵明・・ 陶 潜(365〜427)は東晋の人で、日本では、聖徳太子よりも250年以上も前の人ですが、万葉どころか平安時代にさえ、あまり問題にされてなかったように思えるのです。
(私が知らないだけかも・・・いつも書くようにこのコラムは、私の浅学を前提にした思いつきですので、あまり信用しないでデータ関係は、ご自分で当たって下さい。)
能狂言であれ、ワビ・サビであれ、何であれ、現在の日本の伝統的価値観と言われているものは、この時代に作られたものが多いのですが、これを古来からの日本人の特別な感性だと思っている人が多いのです。
特別な感性なら、もっと前から存在しなければおかしいでしょう。
矢張り、このころの気候状態が悪かったことから、いつ死ぬか分からない、・・はかない・・もののあわれ・あるいは諦めるしかないなどの無常観や諦観が生まれただけのことではないでしょうか?
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