05/22/06
中世までの政治権力と(新興宗教との両立1)陶酔と精神の救済
そのうち、この新興宗教は、現世の不都合には総て仕方のないことだと諦めさせてくれるし、(諦観です)悪いことをすれば地獄へいくと言って、秩序違反行為をやめさせてくれるしで、政権担当者にとっても、いいこと尽くめだと分かるのです。
ところで、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経と繰り返し唱える行為や、踊り狂う行為は、一種の無我の境地・・・・・陶酔境地・・・・の招来をもたらすものでしょうが、いくらのめりこんでも、脳障害を起こさないところが、麻薬類・向精神薬中毒と違うところでしょう。
読経が終われば、通常人として却って元気になって真面目に働ける所が、反社会的にならないし、ストレス解消にもなって、精神病者を減少させる効果があるでしょう。
この陶酔作用は、くよくよしない、前向きで元気な人間を作るのですから、ストレスでノイローゼになっている人には、精神病院へ通ったり、温泉などに浸かるよりも効果があるでしょう。
(寄付さえしなければ、お金もかからないしね・・・。)
清朝末期にアヘン窟が繁盛して清朝が参ってしまうのですが、わが国では幕末に阿片や薬物中毒に走る人が少なかったし、太平洋戦争の敗戦後の虚脱感から一時ヒロポンが流行りましたが、それほど広がらないで済んだのです。
この「ナンマイダア」等による陶酔利用の伝統が、大きな効果を発揮したのではないでしょうか?
戦後に限れば、創価学会の吸収効果が大きかったように思いますので、正確には、ナンマイダアではなく、南無妙法蓮華教です。
こう言う方向から考えて行くと、現在薬物中毒者増加及び精神病者ないしその予備軍の増加原因は、社会構造的要因があるのは当然として、他方で弱者・・庶民層向けの念仏やお経の連呼による、陶酔効果が薄れて来たことにあるのかもしれません?
創価学会や天理教などの、新興(中古)宗教団体の吸収力が落ちたからでしょう。
中古宗教団体の奮起を促したい所ですが、現在社会の病理から考えれば、単に経済弱者と言うだけでなく、蛸壺型で家に籠もって孤立している人が多いので、旧来型の勧誘では限界があるでしょう。
これからは、新しい型の教団が必要ではないでしょうか?
教団も、専門化の必要な時代が来ているように思うのです。
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