05/21/06

世界宗教の非合理化19と(地獄・極楽世界2)

ただ、極楽の設定は難しいのです。
鉄腕アトムや、海底2万マイルの作者のように、現世に存在しないもっと進んだ世界を創作出来る人は、そうザラにあるもののでは有りません。
この結果、言葉であらわせば、西方極楽浄土と言うくらいで、具体性がないのです。
これでは迫力がないので、せいぜい建物で作ってみると、当時の平等院や、平泉の毛越寺のように何となく広やかで、アクセクしないでのんびり出来そうなムード空間を作るくらいしかないのです。
これではどうにもならないので、逆バージョンである地獄の説明に精出すことになるのです。
何しろ庶民には苦しいことは身近ですので、苦しみのバージョン提示には困りません。
平家物語にでて来る俊寛僧都の喜界が島の話は、真面目に仏道に励まない者への制裁・・地獄世界描写の走りと見るべきでしょう。
平家物語のころには、まだ、地獄概念が完成していませんので、お経を熱心に唱えなかった俊寛だけが赦免されず、一人だけ島に取り残される悲惨を描かれています。
こうして徐々に地獄は具体化されて行きますが、そのうち餓鬼草子などの絵物語などで、閻魔さんにはじまりいろんな地獄世界が描かれて、地獄の型が定着して行くのです。
中世には、まだ政権の機能が弱かった時代でしたので、地獄、極楽の話しは、現世の秩序維持機能としても、現世の政権でも役に立つので、奨励され、利用されるようになったので急速に発達しただけのことでしょう。
(地獄・極楽関係の説明は、現実政権担当者にとっても都合の良いものでした。)
ところで、以前にも書きましたが、中世の政治権力は、弱体で、個別の犯罪を摘発できるほどの機能を有していなかったのです。
非理法権天の法理として、01/21/04「中世から近世へ(国家権力の強化)1」以下のコラムで紹介しましたが、徳川綱吉の時代までは、権力といっても、すごく弱かったのです。
12/16/03「公事方御定書1(刑法4)(江戸時代の裁判機構1)」以下飛び飛びですが、10回以上?紹介しましたが、このころか、刑事体制が整ってきて始めて公的処罰が出来るようになっていただけで、捜査・・刑事処分体制は殆ど構築されていなかったのです。
このことは、与力の始まりのコラムでも、08/14/04「旗本とは(与力14)」以下で、そのころまで、プロの捜査機関がなかったことを、紹介しました。



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