05/18/06
世界宗教の非合理化と改革12(カルヴァン1) 思想家の役割
当時ルターの宗教改革の影響は、フランスに及び、フランスでもルター派が広まっていましたが、福音主義は(聖書に帰れ・・現在の原理主義みたいなものでしょうか?)危険思想として弾圧されていたので、カルヴァンもパリを離れ(1533)、のちにスイスの新教都市バーゼルに逃れた(1534)のです。
カルヴァンは、スイスで「キリスト教綱要」を著し(1536)、この本で
「真面目に働き、その結果得た富は信仰上許される」
と説いたことから、新興の商工業者から支持を受けて、ヨーロッパじゅうに広がっていくことになります。
と言うことは、時代が、そうした勤勉な労働を求める状況になっていたのに、これに適合する思想が成立していなかったのが、混乱の原因であったと言うことでしょう。
思想が世界をリードするのではなく、遅れた思想(キリスト教)が、時代の動きにブレーキをかけていたのです。
これまで何回も書きましたが、思想家が世界をリードするのではなく、頑なな思想が、逆に世界の自然な進展を妨害することの方が大きいのです。
西洋で、大思想家が出て世界の潮流を決めたり、革命が起きたりするのは、思想家が偉いのではなく、あるいは、革命があるから素晴らしいのではありません。
時代の動き・・・世界のあり方に関する思想が、ハードすぎて時代の進展を妨害するから、そうした事態が発生するだけです。
小刻みな地震の発生が、大規模地震のエネルギーを吸収してしまうように、あるいは小刻みな風邪引きは、大病を予防しているのと同様です。
我が国のように考えの柔軟な国・・・・悪く言えば無原則な国では、革命の必要がないのは、時代の流れに対し、柔軟な思想体系になっているからです。
武士が出れば朝廷の外に幕府を並立させるなど、柔軟そのものです。
それも頼朝時代から、鎌倉末期までだけでも鎌倉政権と朝廷との権力関係は徐々に変わっていくのですから、無理がないのです。
あえて大思想家が出て、武家政権存立の説明をして、いきなり劇的に変わる訳ではありません。
いきなり天地のひっくりかえるような、逆転劇の必要がない社会のです。
経験主義のイギリスと言われますが、これも日本同様思想体系が柔軟だからでしょう。
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