05/14/06

宗教改革9(免罪符の必要性)

免罪符の効能の話から、経済格差に踏み込んでしまい、大分話が横に逸れてしまいました。
04/24/06「免罪符 3の効能とマルチン・ルター(経済格差1)」のころのコラムの続きになります。
免罪符に話を戻しますと、免罪符販売に対する批判は、このように時代の動きに着いていけない者たちからする、新興金持ち層に対するやっかみ・・・爆発の導火線になったのです。
この経済格差を書いているうちに、横へ行き過ぎてしまったと言う次第です。
マルチン・ルターは、免罪符販売の矛盾の指摘をしただけで、解決策を提示しなかったので、騒乱の引き金になっただけで、矛盾を解決できなかったのです。
しかし、時代の流れと言うものは、良くしたもので、この矛盾が顕在化して騒乱が大きくなった、次の時代・・カルバンによる
     「勤勉による富の蓄積は、許される」
と言う教義が生まれる下準備となったのです。
現在の教育をうけていると、寄付する金次第で、原罪が購えると言う免罪符の制度は、おかしな理屈のように見えますが、当時と言うか今でも、それほどおかしな理屈ではないのです。
その点から先ず見て行きましょう。
ところで当時までのキリスト教の収入源を見ますと、ベネデイクトの戒律以来、中世で発達した修道院は、農業とその加工品を主体にした収入(原則自給経済です)に頼っていたのです。
その後、カール大帝が、西洋統一後は、同大帝の庇護のもとにベネデイクトの戒律が西洋諸国に普及しますが、このとき以来、以来、大領主による領地の寄進が進み、修道院の経営が成り立っていたものです。
10〜11世紀ころには、有名な修道院・・例えばクリュヌーでは、王侯貴族からの依頼に応じるために、「寄進者のための祈り」とか、「死者のための祈り」などの祈祷時間が修道院生活の大部分を占めるようにすらなっていたといわれるほどでした。
これが商工業に経済の主役が変わってくると、寄進された農地の小作料だけでは、収入面で立ち行かなくなってきていた点は、時代から取り残されつつあった農民層の苛立ちと同じです。
この点は、江戸時代に農業収入に依存していた武士層が、商業の発達につれて窮迫していったのと同じです。大領主は、領地の一部を寄進出来ますが、そこまで行かない商人はある程度の金銭的寄付・・祈祷料の支払いしかないでしょうから、新しい収入形式が必要になっていたのです。
免罪符は、教会側の経費収入を賄うために必要になった面だけでなく、新興商工業者による富の蓄積に対する罪の意識を贖罪する機能との両面性を持つ、便利な制度として普及して来たものでした。



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