05/07/06

國際信義と自己主張の価値

内部格差が激しくなって政権運営が厳しくなったこともあってか、江沢民政権以降反日運動が激しくなったキライもあります。
それに、
      「もう十分貰ったから、今後援助はなくても、自分でやれます」
と言う段階になったことも、大きな原因でしょう。
「国際政治は冷厳なものだから、恩義だなどと甘いことを言ってれば、笑われますよ」
と言う、中国には、中国の言い分があるのでしょう。
      「用がなくなったら冷たくなるのは、あたりまえでしょう」
と言うところかもしれません。
昔から、「飛鳥尽きて良弓蔵され・・・」と言うでは有りませんか!
個人のレベルで考えれば、もう世話になる必要がなくなったからと言って、以前世話になった人の悪口を陰で言って歩いている人は、自然に信用をなくすものです。
国際関係は、個人関係ほどの歴史がないので、長い間に培われる信用についての認識が甘くなるのです。
特に中国では、「信義」と言うものを大事にする習慣がないのかも知れません。
政治経験の違いを、05/04/06「近代化対応能力4(「私」の中国と「公」の日本)・政治経験の差2」前後で書いて来ましたが、中国では、政治経験があったのは士大夫層だけでした。
しかし、かれらの殆どが、国共内戦で根こそぎ?または殆ど粛清されて、政治経験のない庶民・・暴動民とその子孫だけで、現政権を構成しているからではないでしょうか?
それにしても世界は広いので、陰で悪口を言ってれば、信用を失うのは中国の方ですから、日本は泰然自若としていればいいのです。
時間の経過が、世界中の信用と言う形で、解決してくれるでしょうから、外務省の解釈に任せておけばいいでしょう。
それに、中国人の殆どが日本の援助の実績を知らないと怒っている向きもありますが、日本人を中心とするこのコラム読者も、1979年以降の中国改革開放政策と日本のODAの関連づけて、具体的な数字を知っていた方は、少ないでしょう。
日本のモラル・美徳では、自分のしてやったことを主張したり吹聴するのは、「はしたない」と言う社会でした。
このモラルに従ってこれまで、日本国民すらこの重要な事実(巨額の援助の効能)を殆ど知らされてこなかったのです。
この次のコラムから書きますが、これから文化発進力こそが国力の消長を決めて行く要素になるのですが、私は、こうした「奥ゆかしい価値観」も大切にして行きたいと思っています。
世界中が、自己主張ばかりでなく、こうした慎み深い価値観になれば、世界が平和になって戦争もなくなるでしょう。



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