05/07/06
現在の立地条件4(インフラ整備とODA2 )
前回紹介したように、現在中国の経済大躍進には、日本の援助によるインフラ整備や最新技術移転の功績が大きかったと言うよりも、必須だったのです。
ところで、3兆1331億円と言うのは、当時の中国にとって、どのくらいの金額だったと思いますか?
皆さんは、今の貨幣価値で3兆1331億円を考えるでしょうが、今でも、中国と日本では人件費が約10分の1と言われていますし、開放の始った1978年ころには100倍以上の開きがあったと言われています。
ただしこの3兆1331億円のODAは、79年一年に一度に出したものではないので、正確な比較ではないですが、年次ごとの援助額がわからないので、一応この当時の物価・・貨幣感覚の比較をしてみましょう。
物価統計の比較は難しいので、当時の中国の一人当たり所得と日本の一人当たり所得がどのように違ったかを見れば、一人一人の貨幣感覚の違いが大方見当がつくでしょう。
中国の国家統計局の統計を見ますと、解放直前の1978年の中国人一人当たりGDPは225米ドルとされております。
これに対し、3兆1331億円に対する日本での皆さんの貨幣感覚は、1978年と比較しろと言われても感覚と言うものは、簡単に思い出せませんので、現在の物価・貨幣感覚でみることになるのです。
そこで、日本の2005年の一人当たり所得による3兆1331億円の貨幣価値と比較するのが、合理的でしょう。
2005年は、今のところその統計が見当たらないので、日本の2004年の統計でみますと、日本人一人当たり36646米ドルの所得となっております。
この所得から見る3兆円以上の感覚と、225ドルの所得水準であった当時の中国から見る、3兆1331億円の価値感の違いです。
この比較をしますと、現在の貨幣価値・・・現在我々が自分の所得から感じる3兆1331億円の貨幣価値感は、225ドルの所得しかなかった中国人からすれば、およそ162倍以上・・今の日本人にとって見れば、510兆円以上の価値観があったことが分かります。
今でこそ、中国は外貨準備が潤沢ですが、当時は外貨が乏しくてこうした資金はどこにもなかったのですから、510兆円の持っている意味がまるで違うことが分かるでしょう。
モンゴル力士の草分け・旭秀山が、関取になっただけで、故国では、大金持ちになって大騒ぎしていたことは記憶に新しいでしょう。
(彼の成功が、横綱になった朝青龍が来日する動機の一つになったのでしょう)
日本人が今感じる「3兆1331億円」の金額の感じは、当時の中国にとっては、途方もない天文学的巨額の援助だったのです。
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