05/06/06
沿海部と内陸部の格差是正17(現在の工場立地条件1)東北地方
満州の日本統治時代(中国側から言えば占領時代でしょう)や、開放以前の共産時代には、資源の近くに工場立地すれば、それで運営できた時代であったでしょう。
しかし、改革開放で世界競争時代になってくると「資源近くの工場」と言うだけで、競争できる時代では有りません。
資源からの距離の比重は、交通運輸機関の発達につれて、減少して行くばかりであることについては、04/04/06「中国の独自性とは?5(土器から木製品へ)」前後のコラムで既に連載しました。
歴史経験の乏しい内陸や東北部に存在する非効率工場温存・・・・・補助のために、無駄に資金をつぎ込んでいると、負担が重たすぎて世界競争に負けてしまうでしょうから、中国政府の舵取りが難しいのです。
日本でもトヨタ、ソニーなどの先進企業の稼ぎを、国際競争力のない農業につぎ込んできましたが、日本では、山間僻地の人口が元々少ないのと次々と若者が都会に流出したので、何とかなったのです。
中国では、本来世界競争には不適な東北部にも、共産時代に大規模な工場立地してしまったので、既存工場設備の規模が大きいので、その資産破却が勿体無いのと同様に、無気力な共産主義的仕事に慣れた膨大な人材の入れ替えも簡単に行きません。
(ここでは、河の近くとか石炭の取れるところに近いなどの、客観的立地を言うのではなく、人材的立地を言うのです。)
日本でも、大雑把な人材の多い千葉県には重厚長大産業が向いていますが、この20年来流行の軽薄短小・精密機械関係は、長野県など緻密な作業に向いた人材の多い地域に立地するのが普通です。
そこで、この20年くらいは、千葉県の人口増加が停滞しているのですが、ま、東京に近いので、東京の通勤圏として何とか次の世代をそのまま吸収できているのです。
現在の立地条件の適否とは、消費地に近いか否かと、その事業生産品に向いた人材の多寡に左右されるのです。
例えば、鉄鋼石が取れるからと言って、そこで鉄鋼業ができるわけではなく、石油が取れるところで、石油コンビナートが出来る時代では有りません。
30〜40年前までは、鉄鋼など重厚長大産業では、技術集積がない後進国では造れなかったので、先進国の輸入基地(港湾)近くが立地の中心でした。
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