05/04/06
近代化対応能力4(「私」の中国と「公」の日本)・政治経験の差2
それに、武士以外の農民も水田耕作主体のわが国では、古代から、「私」1人の力でなく、みんなの共同作業が必須であったのはこれまで何回も書いているとおりですし、周知の所でしょう。
このことから、どこの田舎でも、村落共同体・・・・祭りの運営も含めて自治組織で運営されて来たことも、「公」の精神の訓練・・涵養に大きく影響しているのです。
西洋では、ヒトウネごとに耕す小作人が決まっていたすら、と言われるほどで個人的な作業です。
日本では水路の管理だけでなく、例えば、機械化される前には、田植え時には、1族総出で1枚の田に取り掛かる必要があったのですが、日ごろから日本の農作業とはまるで違うのです。
幅広く、しかも長年にわたって多くの人の政治や祭りその他行事への参加経験が、末端の庶民にまで「公」の精神を涵養していたのです。
こうした武士以下庶民に至るまでの、長年にわたる経験が、明治維新をスムースに成功させた原動力であると、私は思っています。
日本の歴史を見ると、見えざる神の手が働くように、きわめて合理的に前進を続けてきた・・・・・変化すべくして変化したように思えるのです。
ところが、歴史の流れを見ると、個人事情を越えた必然のような印象を持つのは、日本の外イギリスの革命やフランスの革命だけで、これまで書いているように中国では何回王朝が倒れても、同じ政体を繰り返してきたのです。
この違いの原因は、以上のように、庶民いたるまでの、多くの政治参加に裏付けられた結果の上昇圧力によるものだったからではないでしょうか。
今でも日本人は、ゴミ問題が報道されれば、少しでもゴミを出さないように、みんなが直ぐに心がけるなど、自分の損得を考えず、先ず「公」の精神で行動する人が多いのは、そうした歴史があるからです。
今どき、日本でゴミを散らして歩いていると先祖代々村落共同体の自治組織にも参加したことのない、最低レベルの階層の子孫か?(特殊階層)と誤解されますので、気をつける必要があるでしょう。
(タバコを吸って歩いているだけでも、そのように評価される時代が、もうすぐ来るでしょう。)
特殊階層については、12/29/03「身分とは?6(中世社会5)(エタ、非人)」前後のコラムで紹介しました。
この点、中国人は、いわゆる士大夫層の子孫は別として、一般人には政治参加の経験がなく、ただ、暴動に参加したくらいしか、政治経験がないと言うことになります。
中国では
「一族の紐帯があって国家なし」
と言われるように「公」の精神が、ものすごく欠落していると言われる所以です。
これが海賊版の氾濫になるし、商道徳の欠如・・犯罪の増加に繋がっているのです。
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