05/04/06

近代化対応能力(中国と日本)2

現在の北朝鮮の成り立ちは、自発的暴動に始った内戦というよりは、スターリンの応援・・(実質侵略でしょう)で始っただけでしたので、中国のように遅れた農民の支持によるものでは有りませんでした。
ところで、北朝鮮の後ろ盾であったソ連自体が解体し、次の後ろ盾となる中国さえも、改革解放化に邁進していると言うのに、その手先に過ぎない北朝鮮が、教条的な共産主義から、何故改革に舵きり出来ないのでしょうか?
「思い込んだら命懸け」と言う言葉がありますが、朝鮮人にはこうした傾向があって、簡単に頭の切り替えの出来ない人が多いのも一因でしょうが、あまりにも貧しくなりすぎて経済構造的に先富論は無理があるのでしょうか?
あるいは韓国と対峙している関係から、今更、自由経済が良いとは言えない・・弱すぎる所から、やせ我慢をしなければならないのでしょうか?
しかし、共産主義にこだわる以上は、分配の論理から抜け出せず、低迷に悩んでいるのですから、国内的には修正主義への移行要求が強い筈です。
結局は、中国が、毛沢東死後の4人組追放まで修正できなかったように、将軍様の追放がいつまでも出来ないために、そのジレンマに悩んでいると言っても良いでしょう。
要するに中国との違いは、金日正死亡後世襲を許してしまったところにあると言えるでしょう。
共産主義と、独裁それから個人崇拝・・終身的地位の確立などの流れについては、又別の機会に書きますが、要するに時代の要請によるものでなく反革命であった本質がそこに現れているのでしょう。
話を革命成立後の方針変更の技術に戻しますと、4月29日・・・・3「不均衡発展と内部矛盾4(幕末と明治以降3)」のコラムで少し書きましたが、日本の明治維新は、短期の混乱で済み、しかも王政復古といいながらも直ぐに近代化に切り替えが出来たのです。
この具体的な流れについては、09/12/03「明治維新は王政復古か?(憲法27)岩倉使節団 1」や「09/24/03教育改革・・・・明治維新と学制改革(学制) 2(復古政策)」等教育改革の連載でも紹介しましたし、刑事法制の歴史、あるいは、皇室典範の歴史などあちこちに書いています。
その秘訣は、大きな事件のあるたびに、以前の政体を繰り返さずに常に、新たに台頭した武家層の実力を徐々に認める方向へ変更してきたので、約1000年の間に、社会がスムーズに発展できた経験があるからでしょう。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資