05/03/06

近代化対応能力(中国と日本)1先富論

搶ャ平の先富論は、言うならば、地域格差解消の逆で、特定地域が先に豊かになってよいと言うもので、これを積極的に奨励して行く政策ですから、日本の高度成長期よりも、過激な思想・・ズバリ開き直りの宣言と言えるでしょう。
これが軌道に乗り始めたのは1980年代からですが、共産党が政権獲得してから前向きに切り替わるまで約30年間もかかったことになります。
舵の切り替えに、これだけかかったのが、中国が長年後進国にとどまった原因です。
内戦騒ぎが終わって(1949年10月1日中華人民共和国成立)から、更に30年以上も近代化への舵きりが遅れてしまったと言うところです。
この点日本の明治維新では、王政復興を標榜しながら、政権を取ると矢継ぎ早に王政復古の精神に反する近代化政策を遂行していったのとは大違いです。
その原因は、進んだ階層を支持母体にせずに、「勝つために手段を選ばず」、近代化に取り残された遅れた農民階層を主体にしたところにあったのです。
中国は、アヘン戦争から香港割譲などで分かるように、日本よりも早くから、欧米の進んだ文化や野蛮な行動原理に触れていた筈ですが、近代化が日本よりも大幅に遅れてしまいました。
解放経済化と言う規準で言えば、明治維新から数えても約110年以上の遅れになります。
この違いの原因を一言で言えば、対応能力(国民全般の水準)がかなり低かったから、と言うよりほかないでしょう。
国難に際し、いろんな利害が錯綜し、右往左往するのは、どこの国でも同じですが、何のために自分たちが争っているかの基本を忘れ、自己中心的行動をする国民性が、この違いを生み出したのだと思います。
中国の名誉のために書いておきますと、中国に限らず、世界中でこのような行動形態の国・・民族が多く、このために列強の介入を受けて、結局植民地化、保護国化していったのです。
この点は、外国軍と提携せずに、共同の敵であった日本軍と戦うために、第一次、第2次と国共合作をするなど、それなりに大事と小事の区別をつけて来た点は、評価すべきでしょう。
どちらの応援であろうとも、自分の勝敗にこだわるのは、兵(いくさ)の常とすれば(現在の日本の政党も農村票を当てにしたり勤労者票を当てにしたり忙しい点は同じです)、これを選んだ国民のレベルに問題があると言うのが、私の意見です。
遅れた後ろ向きの勢力が強すぎたので、これを支持母体にした方が勝ってしまったのが、停滞の原因でしょう。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資